床は濃い緑色に塗られ、何かの区画を表すのか、黄色いラインが引いてある。
壁は灰色で、天井は高くホイストのレールが東西に走り、水銀灯が一定の間隔で輝いている。
以前働いていた染色工場とは雲泥の差のきれいな工場だった。
おれは年恰好が同じくらいの友田という主任の下につけられ、現場を案内された。
「ここは、食品関係の梱包ラインの機械を組んでいるんだ」
主任が指した場所には二人の工員が機械の下に入ったり、上から電線の束のようなものを装置の中に送り込んでいた。
「こいつは牛乳パックを六本まとめて箱に詰める装置、こっちはパレットにそれを送る搬送機だ」
「はあ」
着替えたばかりのユニフォームがごわごわして、おれはしきりに上着のすそを引っ張っていた。
A4のノートとボールペンを支給され、それに仕事の内容を書いて覚えろというので、携えている。
「今日から、ここで一緒に仕事をしてもらう、えっと」
「菅野です。よろしくお願いします」
作業中だった二人が、立ち上がって「岡本です」「山本です」と自己紹介してくれた。
「この山本君も先月からここで仕事をしてくれている」と主任。
「そうなんですか」
社歴の浅い人もいるようで安心した。
岡本さんも山本さんも、おれよりすこし若いくらいだった。
「ここにはほかに、四人が働いている。向こうに二人、あっちに二人」
脚立(きゃたつ)に乗って作業している人や、台車で部品などを運んでいる人もいた。
全体に静かな環境だった。
「休憩時間にでも、ほかの人には紹介するとして、岡本君の作業を手伝って覚えてほしい」
「わかりました」
おれは、岡本さんにお辞儀をした。
「じゃ、おかもっちゃん、菅野君をお願い」「了解です」
友田主任はそのまま元来た通路を帰っていった。
「菅野君だっけ、機械の組み立ては初めて?」
「ええ、前は染色工場で働いてましたんで」
「せんしょく?染め物?」
「そ、そうです」
「こっちの山本なんか漬物屋を辞めて来たんだぜ。なあ」
「ほい。そうでぇす」
と、ひょうきんな声で機械の下から顔を出して答えた山本さんだった。
「すぐに覚えるさ。工具はスパナと六角レンチぐらいでね、こういうのを組み立てるんだ」
岡本さんが説明する。
「菅野君は、いくつ?」「二十八です」「なんだ先輩じゃん」「いや、ここでは皆さんが先輩ですんで、お気遣いなく」
おれは、一からスタートする気分で頭を下げた。
「ま、気楽にいきましょうや」「はい、そういっていただけると安心です」「まあそう硬くならずに」

「それじゃあね、ここに図面があります。図面の見方はご存じないと思うので、最初はぼくの言うとおりに作業していって、わからないことがあれば、その都度訊いてください」
岡本さんがテーブルに広げた図面を前に話した。
「今ね、ぼくがやってるのは、ローラーガイドを取り付けるところなんだ。この図面のここ」
彼が指さしたところは、線が複雑に交差していて、丸いものが二個描いてあった。
「それで、菅野さんには、このパーツリスト(部品表)の品名と同じものをあっちの棚から持ってきてくれるかな」
「え、あ、はい」
図面だけでなく、パーツリストと書かれた紙を持たされた。
壁際の棚に行くと、そこには大小さまざまな箱やコンテナボックスが置いてあり、段ボールの切れ端に機械の名前だろうか、書かれている。
つまり今組み立てている機械の部品が、この棚にまとめられていると理解した。

二十ほどのパーツがリストアップされ、品名、品番、個数、メーカーだろうか、そういうものが横一列に入力されているエクセル表のようだった。
箱に書かれた品名と型番を照らし、個数だけ取り出してトレイに並べた。
休憩までの40分ほどを費やして、おれはパーツを集めた。
これだけの機械である、パーツも大小、百近くもあった。
間違いがないかどうかは自信がなかったが、とりあえず台車に載せて、岡本さんに見てもらうことにした。
「休憩、しよっか。菅野さん、あとでそれは確認しますからそのまま置いといて。やまちゃん、行こうか」
「ほーい」
キャップを被った山本さんが、立ち上がった。背が高い。
「菅野さん、何、飲みます?」「え?」「あの自動販売機から好きなの選んでくださいよ」
と、山本さん。
「い、いや、おれ出します」「今日だけ、お客さんだから」
なんて、言うから、お言葉に甘えた。
すると岡本さんが、「いいから、ぼくが出すって」
と言ってくれた。

缶コーヒーを飲みながら、おもてにでる。
みんなもぞろぞろ外に出てきた。
そとではタバコを吸ってもいいらしい。
空き缶で作った灰皿があった。
「やあ、こちらが今日から入った菅野さんです」
と、友田主任が工場のみんなを集めておれを紹介してくれた。
「よろしくお願いします。菅野と言います」
するとみんなは軽く会釈したり、ちいさく「よろしく」と言ってくれたりした。
だいたい二十代から三十代の人で構成されているように見えた。
一人、女性も混じっていることに驚いた。
ワーカーズキャップの後ろからポニーテールを出しているので女性と分かった。
あとで聞けば、木村真帆という女性で250㏄のバイクに乗って通っているそうだ。
「結婚してたんだけど、別れたらしいよ」
山本さんがそっと耳打ちした。
「へぇ」
「子供もいるのにね」
「へぇ」
おれは、どう答えていいか困ってしまった。
子供は三つの女の子で、保育園に預けて仕事をしているんだそうだ。

こうやって、おれは第一日目をなんとかやり過ごした。