バブルのころ、私もみんなも、こぞって狂気の沙汰だった。

ザ・ヴィーナスの『キッスは目にして』なんかをオールディーズのライブハウスKento’sあたりで聞いたもんだ。
彼らは売れっ子だったんで、チケットを取るのがとても難しかったのを覚えている。

ベートーベンの名曲『エリーゼのために』が、こんなにもヴィヴィッドで、ド派手なノリのいい曲に変化させるなんて、ヤラレタと思ったわね。
ヴォーカルのコニーがかわいいの!

私もピアノを習ってたから、この曲は練習しましたよ。
こんなこと言ったら生意気だけど、「エリーゼのために」は誰でも弾けます。
ちょっとピアノを習った人なら「できる」って絶対言うだろうな。
つまり、ベートーベンはそれだけ偉大な作曲家なんですよ。そいうこと。


当時流行りのディスコ「マハラジャ」には行かなかった(行けなかった)けれど、似たようなところはたくさんあったので、会社の男の子たちと繰り出しましたよ。
かっぽれだかモンキーダンスだかわかんないような踊りを、酔っ払った勢いで踊って、あくる日に「なんでこんなとこが痛いんや?」という謎の痛みに苦しめられました。
股関節とか、上腕部とか…

次は、有名な航空会社の夏のキャンペーンソング『ふたりの愛ランド』です。
これもバブル期を象徴する、突き抜けた明るい歌ですね。
歌い手はなんとチャゲと石川優子のコンビですがな。
チャゲアスがもう見られないなら「チャゲ石」で再出発されたらどうか?と思います。

石川優子ちゃんは、あたしと同年代で、さらに門真市の隣の守口市出身という、ほぼ同郷の歌手です。
今はどうされているのかなぁ?
ずば抜けた歌唱力でしょう?
こんないい声の歌い手さんは、そうそういるもんじゃございません。

いい時代を過ごせたと、私、感謝しているんですよ。
昭和37年2月25日生まれ 横山尚子
昭和37年8月23日生まれ 高安浩二
いろいろありました。
※一人っ子なのに従弟の名前が「浩二」なのには訳があります。彼の上には生まれてすぐに亡くなったお兄さんがいたそうです。伯父から聞きました。「浩一」と名付けられたその子は、祖父母の隣に置かれた小さな石の下に眠っているんです。