かまやつひろしの『我が良き友よ』を、おそらく十四、五のころに深夜放送で聞いて「大学生になったら下宿するんや」と本気で思ったことがあった。
母に話すと、笑われた。
父に話すと、やっぱり笑われた。
私の家から大学に通っていた叔父に話すと「東京の大学に入ったらそうなるな」と言われた。
「東京かぁ。あたしやったら、東大は無理やし、早稲田か慶応やな」
「言うね」と笑われた。
実際に東京の大学の名前なんて、それくらいしか知らなかったから。
「そう言うたら、めぐるさんも下宿生やんな」
「そうや」
私は年の近い叔父のことをまだ「おっちゃん」というのは憚られたので「めぐるさん」と呼んでいた。
「バンカラって何?」
「我が良き友よ」の歌詞にあるこの奇妙な言葉を尋ねてみた。
「バンカラかぁ。むつかしなぁ」と天井を仰ぎ、「飾らない、男らしさって感じかね」と言った。
「飾らないって、おしゃれしいひんってこと?」
「そう、それもあるな。姿かたちなんか気にしぃひん、荒っぽくて、汚い学ラン着て、げた履いて」
「かまやつひろしの唄、まんまやん」
「そうそう、あんな感じや。下宿生ってそんなもんよ。おいらの学校でも下宿生がようけ(たくさん)おるけど、みんなバンカラよ」
「へぇ」
私はますます、バンカラな学生にあこがれた。
すでに女であることを忘れていたようだ。

あとで知ったが「ハイカラ」の対語が「バンカラ」なのだそうだ。
夏目漱石の『彼岸過迄(ひがんすぎまで)』を読んで得心した。

下宿志望に拍車をかけたのが『俺たちの旅』というドラマだった。
男三人が、アパート暮らしをする話である。
中村雅俊、秋野太作(当時は、津坂まさあき名義)、田中健たちがかっこよくって、おもしろかった。
気の置けない仲間と暮らすってどんなだろう?

結局、私は地元の大学に通ったから下宿の話は立ち消えになった。
ただ下宿生の先輩や、学友たちに自慢の下宿に招かれて、朝まで飲んだり、麻雀したりして下宿生活の疑似体験はさせてもらった。
当時の工学部の男子なんて、私のことなど女とは思っていなかったから、身の危険も感じなかった。
たぶん、みんな童貞だったと思う。
オナペットにされていたかもしれないが…それは、どうぞご勝手に。