大学院生のころ、ロバートという留学生といっしょに実験をしていた。
ロバートが私の英語の先生だった。
髪がそろそろ薄くなりかけているロバートだったが、歳の差はほとんどなかったと思う。
二つほど彼のほうが年上だったかもしれない。

ある日、研究室の床にガラスが割れて散らばっていた。
ロバートが奥から箒とちりとりを持ってやってくる。
「Be careful! There's broken glass.」
と言った。
まあ、そう言うだろう。
薄層クロマトグラフィーに使う20㎝四方のガラス板を落として割ったらしい。
「Broken a glass?」
と私が尋ねた。
「No, a glass」と、ロバート。
「Is this a glass?」
私が、改めて尋ねた。
「No, this is glass plate.」
「Oh,yeah. I know a glass」
「No!」
そう言って、怒ったようにロバートはかけらを掃いて、ちりとりに収めた。
私とロバートの会話の行き違いを、おわかりになっただろうか?

"glass(ガラス)"は英語では不可算名詞であり、冠詞はつけない。
私が不用意に不定冠詞"a"をつけたものだから、話がややこしくなったのだ。
"a glass"となると、英語では「ガラスのコップ」つまり「グラス」を指すのだそうだ。
グラスは可算名詞になったglassである。
※"glasses"でメガネになるのは習ったんだけど。
ロバートにあとで説明されてやっとわかった。

英語は難しい。