NHK大河ドラマ「いだてん」は、視聴率が上がらない(下がる一方)ということで記録を作るかもしれないとまで言われています。
※「まれに見る」と題していますが、「たまに見る」という意味ではないですよ。ずっと欠かさず見ております。

しかし、私の評価は違います。
これまでの「大河」と比べて遜色(そんしょく)はないと私は思う。
これまでの「大河」で泣いたことはないが、「いだてん」では何度か感動に涙したことがありました。
金栗四三と嘉納治五郎、アムステルダム大会での人見絹枝の活躍、田畑政治とロス五輪、平沢和重の招致スピーチなどなど。

五輪の旗

これは平沢氏のスピーチにも引用された、当時の学校図書発行の国語の教科書(小六下)「五輪の旗」です。
私もなぜか覚えています。私の時代でも教科書に載っていたのかもしれません。
「オリンピック、オリンピック。こう聞いただけでも、わたしたちの心はおどります」で始まる名文句です。
嘉納や田畑がことあるごとに「国と国の垣根をとっぱらって、みんなが集ってスポーツで競い合う」という根源的な平和の理念が「いだてん」というドラマを貫いています。
田畑(阿部サダヲ)に言わせれば、それは「混沌だ」という。
人種や主義主張が異なる人々が「混沌」となって集うのだということらしい。
かれがロス五輪で日本の水泳選手を引っ張って、メダルを取って凱旋してきたときの「選手村」での経験がそれを言わせたのです。
お互いに力を出し合って闘い、その健闘をたたえ合う。
ラグビーで言うところの「ノーサイド」精神ですね。
まさにその場を提供するのが「オリンピック」なのだという、小学生にでも理解できることが、なぜできないのだろう?
田畑政治は少年の純粋さで、日本の政界や利権に群がる輩と対峙します。
そこが痛快だ。
東京1964の時代、日本は「戦後」を立ち上がって、「安保闘争」の嵐が吹き荒れていました。
そう、今の香港のような状況であり、若者たちが不満を爆発させていたのです。
世の中の欺瞞に敏感な大学生や高校生がデモに参加し、学校は荒れました。
政府は、その事態に業を煮やし、それこそ今の中国の習近平が若者たちを押さえつけるように、当時の政治家もそうだった。
そこで政府は、田畑たちが純粋な気持ちで「オリンピックを東京で」と招致にこぎつけたことにかこつけて、国民を「オリンピック一色に」とデモから国民の目を逸(そ)らせようとしたのです。
「政界の寝業師」の異名を持つ川島正次郎(浅野忠信)が田畑に近づき、その手柄を横取りして政治利用しようとたくらみます。
この浅野忠信がはまり役で、川島のいやらしさを余すところなく演じます。
千葉県で川島を知らない人はいないくらい、地元では偉人であるそうです。
松戸では特にそうらしい。
私たちの門真市で幣原喜重郎や松下幸之助が偉人なのと同じかな。

東京五輪(1964)ポスターやエンブレムにたずさわったデザイナーの亀倉雄策や、国立競技場を設計した丹下健三、五輪の記録映画のメガホンを取った黒澤明もドラマに花を添えます。

近代日本を舞台にした大河ドラマなので「大河らしくない」というレッテルを貼られがちですが、なかなかどうして宮藤官九郎の脚本は微に入り細を穿っており、私も学ぶところが多かったのです。
会場と選手村の選定のいざこざなんかは、今も変わらないなぁと思って、失笑します。
当時の東京は渋滞がひどく、首都高の建設ラッシュでしたが、五輪に間に合わない状況でした。
そういうところもちゃんと描かれています。

そしてなによりも、平和の礎としてのスポーツの祭典「オリンピック」の理念を通底させていたことが良かったと思うのです。

私の中では、大河ドラマの番つけでは一番といってもいいくらいです。