天下茶屋という大阪市の地名と言うか駅名がある。
「てんがちゃや」と読む。
由来は、やはり「茶屋」があったからだ。
戦国時代にさかのぼるが、楠木正行(くすのきまさつら)の子孫がここに茶店を出したそうだ。
※その子孫とやらは、ややこしい名前で芽木某という人らしい。

じゃあ、なんで「天下」という御大層な名前になったのだろうか?
関白秀吉がこの辺に立ち寄ったおり、千利休に茶を所望し、芽木の茶店の水をつかって点前をして秀吉に献じたところ、たいそう「美味い」と褒め、その泉水に「恵の水」と名を与え、そこから、後の者が芽木の茶店を「天下茶屋」と呼びならわすようになったと『大阪史蹟辞典』(三善貞司編、清文堂出版)にある。
つまり天下人である豊臣秀吉に因むのであって、大阪人なら予想通りの結論なのだった。

しかし広くこの地名が知られるようになったのは講談や歌舞伎演目の「天下茶屋の仇討」によるところが大きい。
この仇討事件は史実らしく、宇喜多秀家(秀吉の五大老の一)の重臣林玄蕃(はやしげんば)が家中での争いで、当麻何某の闇討ちに会い、殺害されるという事件があった。
その息子の重次郎と源三郎兄弟が父の仇として天下茶屋付近で、当麻何某(三郎右衛門)を討ち取ったという話らしい。

天下茶屋の茶店だった屋敷は昭和まで存在したらしいが、大阪大空襲(1945年)でその屋敷は焼失したという。
※大阪顕彰遺跡として岸里東二丁目に遺構があります。当時の土蔵が焼けずに残ったようです。

南海電車の天下茶屋駅は、私もよく行きました。
西成区岸里(きしのさと)付近になります。
駅前商店街がなかなか雰囲気があって良いのです。

長万部(おしゃまんべ)は北海道の地名なんですが、アイヌ語に漢字を当てたわけです。
北海道の地名はたいていそうなっています。
噴火湾に面した町で、ある一定の年齢以上の人は由利徹(ゆりとおる)のギャグ「おしゃ・まんべ」でご存知だと思う。
私もその一人だから。
彼のギャグには「合わせてくっちゃん」がついてくる。
なんとなれば、「おしゃまんべ」で股を開き「くっちゃん」で股を閉じるからだ。
俱知安(くっちゃん)も北海道の地名で、耳に残る地名である。
長万部も俱知安も地名の由来は諸説あるらしく、一定しない。
もはや、今となってはどうでもいいことかもしれないけれど。