時間と空間、あわせて「時空」と称される物理学の言葉がある。
サイエンスフィクション(SF)でも言い古された感があり、相対性理論と親密な関係にあるらしい。
岩波文庫の『相対性理論』(アインシュタイン、内山龍雄訳・解説)は特殊相対性理論の論文の訳であるが、のちに一般化、拡張された相対性理論への足掛かりとなった。
これとても、今となっては古典の部類になるのかもしれないけれど、時間と空間を認識するためには有意義な書物である。

時間も空間も一定ではなく伸び縮みするということが、この論文から明らかになる。
私たちが生きている「狭い」世界の中では、時計は一定の時刻を刻み、定規は温度変化による材質の伸び縮みを考慮に入れなければ、一般に伸びたり縮んだりしないものだと認識して生活している。

ところが、時間は計量できてもその実態はなく、空間の距離は定規で測れるような場合を除いて、広大無辺な宇宙においては光の速度を定規にするほかないわけだ。
すると、その定規には時間の因子が含まれることになる。
化学反応でもそうだが、状態の変化を追うには時間当たりの変化を追うことになり、時間ごとの化学物質の濃度変化や体積変化を追うのが普通だ。
悠久の昔から流れている時間を切り取った時間、時計で計量できる時間を「時間」と言っているにすぎない。
宇宙が誕生したときに時間が生まれたと説明される。
つまり、キリスト教徒たちは、神が宇宙の始まりと同時にストップウォッチを押して「時間」を動かしたのだと暗喩するのだ。
しかしながら、現在の宇宙のどこでも同じ時間が流れているのだろうか?
その問いに答えることは、今はできないし、問うこと自体が無駄なような気がする。

時空が曲がるというSF特有の表現は、アインシュタインの考察から導かれる。
巨大な質量は時間も空間も曲げるからである。
質量がエネルギーと等価であるというアインシュタインの理論によればそうなるし、また「相対」と言う言葉から、観察者の時間と光速で運動する物体の中にいる者の時間は異なるし、空間も伸び縮みして見えるのである(ローレンツ収縮)。
この理論を超えるというか、覆すような考え方がSFには存在する。
・光速を超える粒子、たとえばタキオン粒子を利用して空間を瞬時に移動する
・時空を任意に捻じ曲げて移動距離を短くするワープ航法
・ウラシマ効果で過去にさかのぼって旅行する
などである。
いずれも、前提を崩す(光速を超えるものは存在しないという前提)か、莫大なエネルギーを人為的に作ってしまうとか、時間軸がいくつも存在したとしてパラレルワールドという新たな考えをもてあそぶことになる。
「時間軸」などという概念は、人間がある事象を計量するために座標を用いてグラフ化するときの座標軸をいうのであって、確かに観察者と運動者にそれぞれの座標軸があるから「いくつも存在する」ように見えるが、パラレルワールドではなく、互いに一対のものであって、「座標を渡り歩く」ことはできないのである。
観察者と運動者が同じ座標に乗ることは、両者が時間と空間を共有する「同じ車両に乗った客同士」になるだけである。
決して、パラレルに存在するものではない。

空間は宇宙規模では議論の対象になるだろうが、地球上の我々の生活空間ではあまり意味がない。
しかし、時間の概念は重要である。
社会においては時間は必須の要件であり、いつ、何時(なんどき)になにが始まるのかというときに時間を共有していないと大変な混乱を招く。
地球が球体で、太陽の周りを公転し、かつ自転もしていることから、地球上では共通時間よりも時差を勘案した現地時間を採用している。
これは約束事であり、同時性は保たれているのである。
はたまた、生物現象はもっと時間に深く関与している。
個々の生物に固有の時間があるかのようだ。
生物は、ある種の周期性をもった活動を自発的におこなっている。
細胞分裂がそうだ。
それから派生する、発生、生理周期、生物時計もそうである。
熱力学が教える状態変化(エントロピー変化)は時間とともに増大するものだが、生物反応では逆の反応も起こっている。
つまりエントロピーが時間ごとに減少するような変化も見せるのである。
積み木が崩され、また、元通りに積みあがっていく…そんな感じだろうか?
生物は生まれ、繁殖し、老化し、やがて死んでいく。
しかしそれは一回こっきりではなく、連綿と続いていくのである。
代謝という分解と合成の繰り返しがその原動力であり、それは化学反応だ。
化学反応には、エントロピーが増大する分解反応と、エントロピーが減少する生成反応や結晶化、能動輸送のような複雑な経路が存在する。
生物の細胞の「工場」ではタンパク質という複雑な高分子が合成されるし、酵素というタンパク質が決まった仕事をすることで、生物は生命を維持し、また、核酸に記憶して次世代にその営みを伝えるのである。
クエン酸回路やオルニチン回路がその代表例だろうか。
アデノシン三リン酸からアデノシン二リン酸への酸化還元反応を動力として、ブドウ糖を分解してエネルギーを取り出したり、生体反応で生まれる有害なアンモニアを無毒化して排出する機構を生物は持っているのである。
ここには熱力学の法則のなかでエントロピー(乱雑さ)が時間とともに増大すると教えるが、その逆反応を生物はちゃんと生きて伝えるために会得して、奇跡の地球で奇跡の発達を遂げたのである。

そうすると、時間はここでも宇宙の始まりから、時を刻み、地球の生物の体の隅々にまでいきわたって関係していることがわかる。

それでも時間は時計で測ることができるものの、その実態は何もないのである。

参考文献:『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著、冨永星訳、NHK出版)