私はこの写真家をまったく知らなかったが、その作品もさることながら、生きざま、数々の残された言葉に共感した。
2013年に89歳で亡くなったようだが、かなりの時期を無名で過ごし、晩年になってようやく世間の耳目を集める写真家になった。
地位や名声を得るという目的からもっとも遠いところで生きていた。
昨今、インスタ映えを目的化させた、だれもが写真家気取りの世の中にあって、まったく承認要求を持たない写真家がいたことは特筆すべきことかもしれない。
そして今日、NHKの『日曜美術館』で取り上げられたわけだ。
去る2017年に日本で初の彼の写真展が開かれ、今年もまたその回顧展がBunkamuraミュージアムで開かれているそうだ。

彼の写真を見て思うのは、なぜか社会から距離を置いた視点で、部屋の中や、建物のすき間から世の中を覗き見るような写真が多いことだ。
磨かれたショーウインドーや窓ガラスに移り込む人物の表情など、直接的に被写体を撮影するのではない手法なのだが、嫌みがない。
ごく自然に、ニューヨークの街並みを、人々を捉えている。
上手く撮ってやろうという衒(てら)いがないのだ。
心から写真が好きなんだなという気持ちが、画面ににじみ出ている。
これを真似する人々は多いだろう。
しかしそれは真似でしかない。
だれもが、ソール・ライターになれるような錯覚させる写真家だ。

ソールは敬虔なユダヤ教司教の家に生まれた。
厳格な父のもとで神学校に学ぶが、写真家になるといって辞めてしまう。
当然父の怒りにふれ、画家になるならいざ知らず、写真家など芸術家にもなれない人間がなるものだと心無い言葉を投げつけられる。
ユダヤ教は偶像崇拝を禁じる教えなので、父にすれば、人物を撮る写真などを生業(なりわい)とするとは言語道断なのだった。

それでもソールは写真を諦めなかった。
幼いころから一緒に遊び、話し相手になってくれたたった一人の理解者で、二歳年下の妹「デボラ」の存在が大きかった。
デボラは喜んで兄のモデルとなってくれた。
兄の前では、くったくのないデボラは、しかし次第に心を病んでいく。
ついにデボラは精神病院に入院してしまい帰らぬ人となった。

私は、ソールとデボラが普通の兄妹以上に親密な関係にあったと思うし、評論家もそういう。
厳格で閉鎖的な家庭に育った二人が、胸襟を開いて話せる唯一無二の「親友」だったとも評されている。

私は評論家たちが言葉を濁している裏に「近親相姦」の四文字があるのではないかと思っている。

ソールのカメラを通したデボラの姿には「少女から女へ」の脱皮の変化を見て取ることができないか?
数百枚にもおよぶ妹の執拗な写真…
デボラの中に「女」を見ていることは確実なように見えるのだ。
デボラが精神を病んだ原因には、そういった特殊な男女関係があるのではなかろうか?

愛する妹が世を去ったのち、ソールは人生の伴侶を得る。
ファッション誌の写真家として、そこそこ売れていたソールは、モデルの女性ソームズと所帯を持つ。
彼女もまた絵画に興味があり、自身も絵を描いていた。
夫婦は合作の絵画をものし、お互いに写真も撮った。

ソールが、華々しいファッション界から去るのは、自らの判断だった。
客の要求通りの写真を撮らねばならない宿命に嫌気がさしたとでも言おうか。
「カネのための撮影」は、ソールが本来やりたいことではなかった。
彼はニューヨークの街に没入して隠遁してしまう。
しかし、彼の手にはいつもカメラがあった。
体の一部と化したカメラは、暗い部屋の中から切り取られたようなニューヨークの街を活写する。
彼が写す世界は、雨の日が多い、雪の日も多い。
そう、傘が好きなのだ。
手記にもそうあるらしい。
傘越しの景色もあった。
真っ赤な傘を差して足早に、雪に足跡を残しつつ去っていく女性がいる。
何と表情豊かな街なんだろう?ニューヨークシティは。

日本の写真家が、ソール・ライターに惚れ込んで同じようにニューヨークを歩いて、ソールの足跡をたどるシーンがあった。
私は、それは違うと思った。
ソールにとって、ニューヨークは故郷であり、生活圏である。
この女の写真家は、ただのあこがれで、ニューヨークを旅人としてそぞろ歩いている。
それでは、このごろ、インスタ映えだとかで被写体をさがしている「にわかカメラフリーク」と変わらないだろう。
日本の自分の住処の近くで、ソールの精神に接近するというなら話は別だが…
写真を撮るために料理を注文して、ろくに食べないような「承認要求野郎」とソール・ライターを比べては、彼に申し訳ない。

ソールは晩年に彼の足跡を記録する映画に出演している。
もちろん彼の本意ではない。
「俺の映画なんて…」といいながら照れて画面に収まるソールの在りし日の姿が印象的だった。

彼の展覧会を見て、来場者の一人が、「長い道のりを、好きな写真で自分らしく生きて、最後に名声を得たという生き方もいいな」と言っていたが、それは結果論だ。
ソールは一度も、地位も名声も得たいと思ってカメラを構えていたわけではない。
ただ、ファインダーから覗いた一瞬一瞬を、なんの技巧もなく撮り続けただけだ。
見る人はソールが、写真集も出して、展覧会も開かれて、「成功した人」としてとらえて、自分もそうなりたいと思っているらしい。

私は、写真のことはよくわからない。
写真を撮る事もほとんどないし、仕事柄「顕微鏡写真」は何千枚と撮影しているが、それは記録であったり証拠であったりするものだ。
フィルム時代から電子顕微鏡写真の撮影方法を先輩から伝授され、それなりの技巧を駆使することはあるけれど、スナップ写真はまったく自信がない。
何より私は被写体になることが好きでない。
写真写りが悪いのだ。

そんな私が、「写真を撮ってみようか」と思わせてくれたのが、ソール・ライターだった。
誰に見せるでもない、何かを切り取ってみたい…
内面を映す写真を撮ってみたい衝動にかられた。