私は、若いころから周りの影響もあって、酒をこよなく愛していたが、最近は肝臓のこともあって、あまり強い酒は飲まないようにしている。
とはいえ、誘惑には負けてばかりで、自分に言い訳している始末だ。

そこで、酒から興味を逸らそうと、お茶とかそういうものに目を向けている。
普段使いの嗜好品を少しご紹介しよう。
まずどこの家にもあるだろう、ココアと紅茶だ。

ココアと紅茶
バンホーテンは日本ではおなじみのココアの粉であり、スーパーでも、コンビニでも売られている。
それから、向かって右の紅茶の缶は「アーマッド」と発音するのかな?
イギリスの紅茶会社のものだ。
トワイニングなどのティーバッグも買いはするが、このわりと安めの缶入り紅茶をAmazonで見つけて愛飲している。
どこの紅茶メーカーにもある「イングリッシュブレックファースト」という汎用ブレンド茶であり、ジョンブルたちは、低俗から高貴までこいつを飲(や)るらしい。
濃いめに出るので、おすすめはフレッシュな牛乳で割ってミルクティとしゃれこむと、唸らせるような香りと味わいである。
客用としても恥じないだろう(私見だが…)。

それでも、私は和菓子が好きなので、たい焼きやら、太鼓饅頭などを露店で買い求めるものだから、日本茶をよく飲んでいる。
私の住まいは、茶所の「宇治市」であるから、地元でかなりの良いものが低廉な価格で手に入る。

日本茶三種

これが、私の家での常用の茶葉である。
右から、煎茶、玄米茶、ほうじ茶で、毎日飲むのはほうじ茶である。
これは大きなヤカンで、たっぷりと炊き出して作るのが宇治でのやり方です。
会社でも女子社員は、これをまず叩き込まれる。
お昼の、お弁当に出される茶は、京番茶かほうじ茶であり、4:6でほうじ茶が多いかな?
京番茶ってのは、ちょっとクセがあってね、藁みたいな香りがするので、苦手っていう人もある。

たい焼きには「玄米茶」ですよ。やっぱ。
煎茶は、お客用ね。
「玉露」?そんなもん、普通の家では買いませんよ。
宇治でも「玉露」は、飲まない。
まだ「抹茶」のほうが飲む機会があるかもしれないくらい「玉露」は珍しいものです。
100グラム当たり1万円とか普通にするんで、コーヒーで言えば「ブルマン」の方が安いよね。
「抹茶」は意外と安いんですよ。
ただ、茶筅とか余計なもんがいるんで、やっぱり特殊なお茶だわね。うちでは飲まない。
山政小山園
山政「小山園」の所在地を乗っけときます。
ご興味のある方は、どうぞ。
宇治の「小山園」というのは「丸久」の屋号もあるので、どちらも銘茶舗ですから、飲み比べてください。
いずれも苗字が「小山」さんなんで、区別するために創業者の通り名「山政」と「丸久」としています。
「山政」も「丸久」も奈良街道を隔てて向かい合って昔からあるので、つながりはあるのかもしれません。
近所に巨椋(おぐら)神社という古いお社(やしろ)があり、私もよくお参りします(社務所らしきものがなく、まったく無人なんですけど)。
ここより北に巨椋池という湿地が広がっていて、宇治川が氾濫した折には、この広大な湿地に水があふれて京の都を水害から守っていたのでしょうね。
今は干拓が成功して、巨椋池自体はなくなり、その名残として木幡(こはた)池があります。
※伝承に、大和朝廷のころから巨椋連(おぐらのむらじ)という氏族がこのあたりに木地師を生業として栄えていたそうです。現在の小倉の地名の由来にもなっています。また巨椋神社が子守(こもり)神社とも呼ばれるのは、平安期に木地師の祖と伝えられる惟喬(これたか)親王(文徳天皇の子)が子供のためにとこの地に建立した社と重なるからです。この親王様と巨椋氏とのつながりはよくわかっていませんが、同じ木地師として轆轤(ろくろ)を伝えた親王様との関係がうかがわれます。轆轤は旋盤(せんばん)と同じ原理の工具です。なお惟喬親王は滋賀県の永源寺町に君ヶ畑に都落ちして、轆轤を当時の木地師集団に伝えたと言われ、木地師の祖と崇められていますが、文徳天皇の第一子でありながら、弟に皇位を譲らざるを得ず、大宰府に左遷させられるなど、藤原氏に煙たがられた人物であるらしく、出家ののち、親王様は木地師の道に進まれるのです。木地師は古来から山の民とされた「サンカ」の人々であり、彼らと親王様の交流がそうさせたのかもしれません。

ところで、私は、開高健先生と違って、コーヒーを飲んでも気分が悪くなることがないから、この点だけ、開高先生に勝ったなと思ってるんです。
開高先生は、お酒はめったやたらに強かったけれど、コーヒーだけはだめだと「オーパ!」に書いてらした。
小川珈琲コープ仕様モカブレンド

京都生協限定の、小川珈琲「モカブレンド」です。
200グラム入り三個パックで生協さんから届きます。
コスパがいいんで、うちはこればかり飲んでます。
最初はサイフォンを喜んでやってましたが、最近はとんとご無沙汰で、ペーパードリップばかりですね。
化学者を目指したのも、幼いころに父がサイフォンでコーヒーを立てていたのをそばで見ていたからかもしれない。
アルコールランプの青い火、サイフォンの不思議な働き、そしてくらくらするようないい香り…
父が手際よくそれを操作するのもかっこよかった。
「コーヒーはだんぜんサイフォンよ!」と、味もわからんのに鼻息荒く、子供の私は言い切っていた。
苦いから、角砂糖をようけ入れて、じゅるじゅるとすすっていたころを思い出します。

サイフォンの原理を目の当たりにし、父は学がないから説明はできなかったようですが、私なりにいろいろと調べ、中学になって、叔父などから教わって、その深遠な科学の原理に感心したのでした。
今も押し入れの中にサイフォン一式があるはずです。