新型コロナウイルスにうつらないよう、家に引きこもって過ごさねばならないこんにち、こんな遊びはどうかしら?

かねてより、私は、ユイスマンスの『さかしま』を愛読書にしているわけですが、その主人公の「デ・ゼッサント」がさまざまな文物を蒐集し、愛でて、それらに囲まれて田舎にひっそりと暮らすありさまを読んで、「私もやってみよう」と思った次第です。
沼の花
『さかしま』の表紙、オディロン・ルドン「沼の花、悲しげな人間の顔」



つまり…私の家の中に「科学の森」という箱庭と、「本の森」という図書館を作ろうと一人で家の中を引っかきまわしているのですよ。
私は、若いころから結構、妙なものを集める癖があり、そんな高価なものは持っていないですが、少しがんばれば手に入る程度の、知的好奇心をくすぐられる物をいくつか所持し、棚に並べていたりするわけです。
ヴェルヌの『地底探検』の「オットー・リデンブロック教授」の書斎のようなものでしょうかね。
オベリスクのような巨大な水晶が欲しいとは思いましたが、そんなものは世の中にないのです。
はたまた『海底二万マイル』の潜水艦「ノーチラス号」の中にしつらえてある、ネモ艦長が海から集めた博物室のような…
直径が一抱えもある真珠なんてのは持ってませんがね。

これまで私は「科学の蔵(くら)」という、私が「美しいなぁ」とか「神秘的だ」と感じた科学のトピックを集めたノートを作っていました。
そのうちのいくつかのトピックはこのブログのネタにもなっていました。
「私の周期表」とか「私の単位表」、「私の整数論」、「私の物理定数」、「私の公式集」なんかがあります。
「科学の蔵」は、それはもう「宝石箱」のようなもので、ぜったいに色あせないし、なくならないのです。
どうしてこれらのものが「宝石」なのかというと、この蔵にある数字や表、公式などは「不変」だから。「不磨の大典」のごとく、いつも磨いておけば輝きを永遠に失わないからです。
そして人類の知の歴史の結晶(=宝石)でもあるんですね。

これから作る「科学の森」と「本の森」は、小さいけれど、汲めども尽きぬ知の宝庫を目指すのです。
まず「科学の森」です。
ここには物理学に関するオブジェを集めています。
科学の森
(ガラスシャーレの上に自作の箔検電器と10倍率のルーペ、駅鈴(うまやのすず)のレプリカ、三角フラスコには乾湿計用の水とスポイト、砂時計(1分計)、お天気カエルくん、水飲み鳥、ラジオメーター、試験管と試験管立て(一輪挿し)、ジッポライターオイル)

たとえば、砂時計。
砂の落下が美しい円錐を作ります。
この円錐の底面に対する母線の角度を「安息角」と言うのでした。
それに、機械式の時計。
ダンディズム2

機械の始まりは織機だと習いましたが、その究極が「時計」だと私は思うのです。
この自動巻き腕時計は、クォーツ式より不正確で維持するのに面倒だけど、日本の職人の技を感じることができる逸品です。

上皿天秤と分銅のセットがあります。
天秤
(手前の青いのはシンワの水準器です。その向こう隣りのジオラマは日本家屋「曲がり屋」(1/100)の一部です。奥の陶板は漁師のレリーフです。いずれも頂き物です)

重さの基準となる分銅、これと天秤が釣り合った場合に、その分銅の合計の重さが、測った物の質量になるのは古来より自明のことです。
大事なのは天秤で測った重さは、地球上のどこでも同じだということです(同じ重力系の中で測ればということですから、ほかの惑星上でもいいのです)。
なぜなら、同じ重力加速度が、分銅にも、測られる物にも一様に働くからです。
バネばかりなどでは、測った場所の重力場によって重さが変わってしまうのです。
地球の場合、自転による遠心力の影響も無視できませんから、同じ物でも赤道上での重量と極付近での重量は微妙に異なります。

ラジオメーターは不思議な装置です。
この電球のような中空ガラス球に、四枚の四角い羽根(表が◇、裏が◆)が垂直に、表裏を同じ向きにして、互いに90度を成すように取り付けられ、針先でピボットにして置かれています。
つまりこの四枚の羽根は針の軸周りを自由に回転できる状態に置かれています。
ちょっとゆすっただけで回り出しそうですが、静かに置いておけば羽根は止まっています。
ところが、燭光(ロウソクの火)か、懐中電灯などの電球の光を当ててみましょう(蛍光灯やLEDの光ではだめです)。
ゆっくりと羽根が回転するではありませんか?
懐中電灯のスイッチを切って光を消すと羽根の回転は止まります。
次に、晴れた日向(ひなた)にラジオメーターを置いてみてください。
かなり勢いよく羽根が回転するでしょう。
ラジオメーターの球の中は、真空とは言いませんが、かなり空気を抜いてガラスを閉じてあります。
わずかに空気が残っている状態です。
羽根が白と黒に塗り分けられているのは、熱線(赤外線)を反射する面と吸収する面を作るためです。
熱線を吸収する黒い面では、熱線のために温度が上がります。
反対に白い方は熱線を反射してしまうためにあまり温度は上がりません。
つまり、熱線を含む光(太陽光や電球、電熱器やロウソクの光など)であればこの羽根を回すことができるようです。
これは、ガラス球の中に、わずかに残った空気の分子(ほとんどは窒素分子です)が、黒い板の近くでは熱線で温められて、分子運動が活発になります。
モデル的に書くと、熱エネルギーを得た窒素分子は活発に動いて、黒い板に当たり、押す力が生じます。これを圧力と言います。
白い方は温度があまり上がらないので窒素分子にも熱が伝わらないから白色の板には圧力があまり生じないですから、黒い板と白い板の力学的なバランスがくずれ、回転し始めます。
熱線が強ければ強いほど、その回転エネルギーも増加して回転数が上昇することも観察できます。
この圧力は微々たるものなので、大気圧ほどの空気がいっぱい詰まった環境では羽根を回すほどにはなりません。
空気の分子(おおむね窒素と酸素の分子)で球の中がぎっしり詰まっていると、黒い側からいくら押しても、白い側にも分子が詰まっているので回らないのです。
見えないから、私たちには不思議に思うかもしれません。
もっと熱線を強くして熱を与え続けると、ついには、内圧が上がりすぎて球が圧力に負けて割れるかもしれません。
だから、ラジオメーターの内部は真空とは言わないまでも、少し空気が残った状態にしておかねばならないのです。
反対に全くの真空では、運動を伝える分子がないので羽根は回らないはずです。
「ラジオメーター」の「ラジオ」は「放射」という意味です。
ただ世間では「放射線によって羽根が回るのだ」と誤解されていた時期がありました。
だから「放射線の検知」にこの器具が使えると思われていたのです。
それは間違いで、熱線(赤外線)を感知して回るというだけのことです。

次に、ブログに何度か登場いただいている「お天気カエルくん」も、物理のすぐれたオブジェです。
この中空のガラス球の体を持つ「カエルくん」はいったい何をしてくれるのでしょうか?
彼は大気圧の変化を、体内の水位の変化(水面の上下)で教えてくれるのです。
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原理は、片方を封じた、U字管です。
「カエルくん」の体自体が「封管」で、膨らませてあるだけです。
U字管のもう一方は、「カエルくん」の底面付近から枝分かれさせ、すぐに垂直に立ち上げて、「カエルくん」の頭より上に傘を差しているようにガラス管を小さく膨らませ、その上を開放して大気と連絡しています。
「カエルくん」の体内に水を半分ほどスポイトなどで注意深く入れて、立てます。
すると、「カエルくん」の体内の上半分は空気が入っているけれど、その空気は大気とは水で隔てられています。
解放ガラス管の途中まで水面がくるようにして、そのまま「カエルくん」を置いておきます。
お天気が近づくとガラス管の水位が下がります。
これは高気圧によって水位が押し下げられたからです。
反対に雨が近づくと、ガラス管の水位が上がります。
これは低気圧によって「カエルくん」の体内の水が吸い上げられているからです。
台風が来ると、もっと激しく水が吸い上げられ、開放した口から水があふれることもあります。
このように大気圧に反応してお天気を予測することができる「お天気カエルくん」は文豪ゲーテの発案だと伝えられています。
厳密には水銀気圧計や空盒(くうごう、アネロイド)気圧計で気圧を測定することが必要ですが、このような水柱を使った簡便な方法(おそらくトリチェリの実験がヒントになっている)でも気圧の変化を知ることができます。
ただし、水は気温によっても膨張・収縮するので気圧変化だけで水位が変わるのではありません。
だから、側(そば)で同時に気温を測定しつつ、温度変化の少ない環境で観察することが正確な天気予報につながります。

「水飲み鳥」は私の子供の頃に、ブームになったくらい不思議な玩具です。
シーソーのようなガラス管でできた細長い体を持つ「鳥」で、山高帽をかぶって、くちばしが長いのです。
水飲み鳥

お尻に飾りの鳥の羽が貼り付けてあります。
頭とお尻が膨らませたガラス球でできているようです。
ただ、頭やくちばしはフェルトのようなものをかぶせられて、顔が作られています。
おなかには、色のついた液体が溜まっています。
胴体に当たるガラス管の中ほどに金具があって、脚(これが全体を支える台になっている)の支点にはまっています。
つまり天秤のナイフエッジと同じ構造になっているわけです。
「水飲み鳥」に水を飲んでもらう(そのように見えるだけ)ために、コップに入った水を用意します。
最初、鳥の頭を手で下げてくちばしをコップの水に浸します。
そのときにおなかの液体が頭の方に下がって来て「トップヘビー」の状態になり、手を放すと、「水飲み鳥」は起き上がって頭の中の液体がおなかに戻ります。
ここからが不思議なのです。
おなかの中の液体が再び、管の中を勝手に上昇し出します。
そしてついに、頭の中に液体が入っていき、頭が重くなって、自ら首を垂れてコップにくちばしをつけて水を飲んでいるような動作をし、ふたたび起き上がって、頭の中の液体がおなかに戻る。
これを延々と繰り返すのです。
外から何も力を与えていないのに、生きているかのように、鳥は水を飲み、起き上がる動作を続けます。
「これは永久機関ではないのか?」
そう思っても不思議ではない。
しかし、大学では「永久機関はあり得ない」と習います。
しからば、「水飲み鳥」は何か、見えざるエネルギーをどこからか得ているのだと推論される。
「水飲み鳥」を取り巻く環境から、何かを得ている。
そう、気温で表される「熱エネルギー」だ。
どうやら、鳥のおなかに入っている液体は水ではなく、沸点の低い揮発性の液体らしい。
外気温からエネルギーを得て、温まり、体積膨張を起こしてガラス管の中を液体が上がっていくのだと考えられます。
頭に液体が集まることでトップヘビーになって鳥のバランスが崩れて、頭を下げる。
下げたところに室温の水があってくちばしを濡らして液体を冷やす。
冷えて重くなった液体が今度はおなかの方に管を通って流れていく。
鳥のお尻が重くなって、鳥は立ち上がる。
この繰り返しです。
外気から熱エネルギーを得られる限り、あとは鳥の体内の系だけでエネルギーの循環が回り続けます。
鳥のバランスを崩したり、戻したりという運動エネルギーも液体の熱膨張、揮発、比重の変化などから得られているのです。
じっと観察していると、見えないエネルギーの動きが見えるようです。
飽きないですね。
私の「水飲み鳥」は寒い冬に一度、止まったことがありましたが、気温が上がると再び、自ら動き出したのには、神秘を感じましたね。
「水飲み鳥」の山高帽の上面に一円玉(1g)を両面テープで貼りつけて、重心を少し上げてやることで、簡単に止まることもなく、今もずっと動いてくれています。
こういう「改造」も楽しいものです。

次に「本の森」です。
『さかしま』にも本のコレクションが出てきますが、デ・ゼッサントは本の中身のみならず、装丁も、初版であるとか、版元がどこで、活字にまで好みを押し通す頑迷さがあります。私にはそこまでの本への入れ込みはありません。
書かれてある中身こそ、本の「芯」であると思っていますから。
私の書庫には、両親と叔父の三人の遺品を受け継いだものに、私自身が手に入れた本が加わって収まっています。
おそらく半分ほどは読んだと思いますが、残りはまだまだ手をつけていません。
二千冊近くはあると思いますので、私が残りの生涯をかけて読めるものかどうか見当もつきません。
中にはブックレットや小冊子、同人誌のようなものまでありますから。
読めばたいていブログに感想を書いています。

「科学の森」には、プリズム(ニュートンの『光学』に魅せられて虹を作る)、地球ゴマ(タイガー商会の純正品です)、縦振り電鍵(文化遺産だと思う)、ゲルマニウムラジオ(電池がないのに鳴る不思議)、メトロノーム(心が落ち着きます)、水準器(水平は大切)、スコヤ(直角は大切)、ヒヤシンスポット(季節ものです。水栽培のあれです)、ケーナ(南米の縦笛)、オカリナ(温かみのある形と音)、10穴ハーモニカ(哀愁を帯びた音色)、そろばん(私は三級)、計算尺(よく考えたものだ)、アナログテスター(デジタルではだめ)、440Hz音叉(ギターの調音用ですが)、紫水晶(アメジスト)原石、方位磁石(なぜ北を指す?)、棒磁石(科学の扉は磁石から)、化石(先輩の姿)、ノギス(副尺はすごい)、乾湿計(簡単なのにいろいろ考えさせられる)、アネロイド気圧計(台風が楽しみに)、黒曜石(人類が手にした道具)、雄勝硯(震災で滅びるな)、サイコロ(場合の数、確率を論じるには必須)、万華鏡(めくるめく閉鎖空間)、ホイッスル(ラグビーワールドカップで使われた逸品)、サイフォンとアルコールランプ(私を化学に誘った父の遺品)などが「森」の仲間です。
順次、私の思い入れなどをブログで紹介していきましょう。

私は外出自粛でも生きていける。