雨の日には、おれは靴を磨く。
子供のころ、親父の靴を磨かされていたからかもしれない。
それに、雨の季節は革(かわ)に黴(かび)が生えやすいのだ。

胸ポケットのスマホが振動している。
なおこか…
靴を床に置いて、スマホを見る。尚子からだった。
「もしもし…」
「こうちゃん、今日、川久保に行く予定だったけど、だめになっちゃった」
「なんで?」
「スタンレーの人と打ち合わせの時間が、ちょうど夕方の四時半に変更になっちゃって」
「仕事ならいいよ。また別の日にしようや」
「ごめぇん」
「いいって。じゃな」
スマホに頭を下げている尚子の姿が浮かんだ。
やれやれ…
おれは靴を下駄箱に戻して、リビングにやりかけの仕事をしにいった。
午前九時をまわったところだ。
新型コロナウィルスのために、在宅勤務になったおれだが、ていのいい内職にされて、残業代もつきはしない。
組み込みソフトのデバッグなど、学生がするような仕事をやらされている。
IT産業が時代の花形のように言われているが、おれらのような零細「なんでも屋」は大手の下請け、尻拭いのような仕事ばかりで、責任だけを負わされる低賃金の社畜である。
それでもパチンコ業界の仕事は、割のいい、たやすい仕事が多かった。
しかし、その新型コロナ禍のせいで、あの業界も斜陽である。
「新台導入」の予定は無期延期…ご馳走を目の前で取り上げられた犬のような状況だった。
それで、「賞味期限追跡アプリ」だの「GUIで簡単、お顔リペアアプリ」だのを企画に挙げて、自社独自アプリを数人で持ち帰ってちまちまつくっているわけだ。
どうもこの「受け狙い系」は空振りが多いのだが、社長が度の過ぎた「ハズレ」様なので、おれも考え方が変わってきた。
また、スマホが震え出した。
同僚の加藤健太からだ。
「もしもし…」
「ああ、山ちゃん?あの西瓜(すいか)の糖度確認アプリなんだけど」
「『すいかあまいか』かよ」
「それの、スマホの写真機能で西瓜の切ったところを映して、糖度が2とか、多くて4ぐらいしか出ないんだよ。食べたら甘いんだぜ、ぜったい12はあるはずなんだがな」
「光の加減じゃないか?わかんねぇよ。おれ画像のこと詳しくないから」そう答えて切った。

スーパーマーケットなどで、切って売られている西瓜の表面をスマホで撮影して、その西瓜の糖度を非接触確認できるという画期的なアプリの開発をやっているのだが、どうもうまくいかないらしい。
農芸化学の八島あずみ先生にもうかがって、いろいろ赤外吸光とか、屈折率とか勉強したのだが、検量線がよくないのかもしれない。
あずみ先生は「西瓜の果肉が赤いから、誤差が出るのかも」と言ってたな…
ネーミングの『すいかあまいか』は良かったのだけれど。
だいたい西瓜にしか使えねえなら、夏限定じゃないか。ぼんくらめ。

あいつ、加藤は、女のバストが「見栄胸」かどうかを離れたところから超音波を使って判断する「みえみえソナー」を試作したのだが、「検体」から50センチも離れると、もはや使えず、そんなに近づいて「こっそり」測れたとしても「痴漢で捕まるわ」というわけで、ぽしゃった案件があった。

発想が貧困なのである。

尚子と、川久保の歓楽街に食事に誘ったのは先週の土曜日だった。
お互い、付き合ってそろそろ五年になろうか?
結婚の話は、どちらからも言い出せないでいた。
おれは、あいつと一緒になりたいと思いつつも、今の生活が窮屈になるのも嫌だった。
あいつは、専業主婦になるようなタマではなく、今でもフリーランスで日本中を飛び回っている。
ただ、この頃のコロナ禍で、あいつも自粛生活を余儀なくされているようで、七月に入って世の中も緩み始めてきたので「メシでも食わないか」と誘ったまでのこと。
それがさっきの電話で、ふいになった。
仕事に打ち込むか…せいぜい。

そういえば、ご無沙汰だったよな…
尚子の裸体が瞼の裏に浮かんだ。
おれは風俗に通ったこともなく、尚子が最初の女だった。
そのことを彼女に告白したら、あいつは「ごめんね、あたしはあなたが最初じゃないの」ときた。
別にそんなことを気にするような、おれでもなかったが。
この汚い部屋で、あいつは体を許してくれたのだった。
「あいさつのようなものよ」
セックスすることが「挨拶」程度なのか?
おれは、尚子が「軽い女」なのかと勘繰ったが、どうやらそうではなく、だれとでも寝るような「緩(ゆる)い」女ではないのだそうだ。
「仲良くなればね、やっぱり体を重ねたいじゃない?」
そういうものらしい。
だから、セックスは積極的だった。
まず、あいつが楽しむというスタイルだった。
だから、強引に「勃起(た)たせ」て、上に乗って反り返るのが常だった。
「ああいい。あんたのいい」
そう言って、体を震わせ、軽くオーガズムを得てから落ち着いて、おれを見る。
おれを「忘れてないよ」という目で見つめながら、舌を這わせてくる。
その微妙な、触れるか触れないかの舌先の魔術で、おれは自分の乳首までもが勃起することを知った。
「こうちゃん、どう?お口でしてあげようか?」
「それとも、あたしの中でイキたい?」
などと、ささやくのだった。
普段はメガネの地味な尚子が、閨房では豹変するのである。
「アメリカでは女の子はみんなそうよ」と、過去にアメリカ留学をしたことがあるらしいことをほのめかしていたこともあった。
尚子は、酒も強かった。
酒が入ると淫乱になるのだった。
「よそでも、ほかの男に絡んでんじゃないだろうな?」
「だったらどうなの?妬(や)ける?」
「妬けるね」
その心配はご無用とばかりに、おれにサービスを怠らない。
「あんたが、最高」
しらじらしくも、そう呟きながら。

無粋なパソコンの画面を眺めながら、おれは妄想に視野を奪われていた。
すでに、ズボンから分身が引き出されている。
「なおこ…」
そう呟きながら、おれはしごいていた。

尚子の、つんと上を向いた形のいいバスト。大きくない乳首。
背はおれより、拳一つ分くらい低いだけで、向かい合えば、口を吸うのにいい高さ。
下萌えは濃くもなく、薄くもなく。
乳製品のような体臭が、条件反射のトリガーを引く。
そして浅いヴァギナ…おれの槍はすぐに行き止まる。が、さらに突くと、尚子の奥は包み込むように広がるのだった。
プッシーキャット、ぼくのかわいい子ネコちゃん…

キンキンに反り返ったペニスは赤黒く変色し、亀頭を先走りの漏れで光らせている。
亀頭冠を指の輪で引っ掛けるようにして、くぐらせる。
すぐに逝きつくだろう。
はやく、終わって仕事をしよう。
おれは手の動きを速めた。
どくっ…
ねばい塊が尿道を割いて飛び出し、飛距離も短く、足元に落ちた。
残りがだらだらと手の甲を伝う。
あわてておれはティッシュを探す。
なんとも情けない一瞬だった。

おれはメールを打った。
「なおこ、会いたい。やりたい。すぐに」

その夜遅く、彼女は「仕方ないわね」と言ってやってきてくれた。
いい女なんだ。
離したくない。

こんなにEveryday Everynight
勇気づけてくれた
Everyday Everynight
離したくはない

(T-Bolan『離したくはない』作詞作曲 森友嵐士)