時おり雨脚が強くなる。傘を持ってきて正解だった。
高輪のマクドナルドで尚子と朝食をとっていた。
コロナ禍と雨模様で店内は閑散としている。
ここで食っている人間は、おれたちと、サラリーマン風の男性一人だけだった。
レジで並んでいる人々はみな「お持ち帰り」の客のようだった。
「今日って、都知事選なんだ」
尚子がつぶやいた。
「そうだな、行くかよ、こんな時期に」
「盛り上がらなかったから、あたし気づかなかったよ」
コロナのせいで、選挙運動ができなかったらしく、それでものY候補のように街頭に立った候補者もいたようだが。
「現職の独り勝ちでしょ」「だろうな」
おれはアイスコーヒーのカップを揺らしてミルクを分散させていた。氷がコロコロと鳴る。
「暑くなって、湿度も高くなるとコロナの患者も少なくなると思ってたが、ここ連日100人を超えてるぜ」
おれは、昨日のニュースで知った情報を話題にした。
「あれは感染者の数で、実際、患者とか重傷者は減っているわよ。やっぱり夏は人の上気道が強くなるんで、症状の出る人は少ないわ」
「そういうもんかね」
「ここ数日、感染者が多いのは、歌舞伎町なんかの危ないエリアを集中的にPCR検査を受けさせているからよ。検査数が増えれば、感染者数も増えるわ」
「知事と同じことを言ってら」
「一日100人のペースで増えれば、十日で1000人よね」
「そうだ。由々しき問題だ」
おれは、いっぱしの政治家のような、こむずかしい表情で応じた。
「お隣の韓国でも感染者数が高止まりしてんだって」
「どうやら、世界的に第二波が来ているようだね」
「東京から地方に広がるわよ。見ていてごらんなさい」
「若いもんが、感染しているんだってね」「そうね」
「おれたちも感染しているかもな」「そうね」
尚子は心ここにあらずという雰囲気だった。
「行こうか」「うん」
おれたちは、雨の街に出て行った。
「2020 Tokyo Olympic」の文字が虚しい。
おれの母方の実家の京都でも、祇園祭が中止になったそうだ。
まだ小学生の低学年のころに「山鉾巡行」を見物した覚えがある。
あの日は、今日のようにあいにくの雨で蒸し暑く、背の低い子供には大人の尻しか見えない最悪の思い出だった。
祖父が、肩車をしてくれてやっと山鉾を見ることができたっけ。

「傘もささずに原宿、思い出語って赤坂~」と、尚子が歌い出した。
「なんだよ、突然」
「もう止んでるよ」
小降りになっていたが、止んではいない。
「別れてもぉ、好ぅきな人ぉ」「やめなよ」

「原宿に、いこっか?」
「人、いっぱいだって。おれらそんな歳じゃねえし」
「じゃ、どこいこ?」
「アクアパークはどうだい?」
「いいわね!」
そう言うと、彼女の方から腕を組んできたのだった。
少し晴れ間が見えてきた。