溶液の濃度標定(正確に溶質の濃度を知ること)は化学操作のなかでも基本的なもんや。
ただ、私は苦手やった。
だいたい、いいかげんな女なのよ。
下半身がゆるいということと関係があるのかもしれへん。

あんたら、高校生なら「中和滴定」という濃度標定の実験をやったことがあるはずや。
この中和滴定は「酸と塩基の中和反応」つまり「H⁺(プロトン)」のやり取りを利用するもんやったはずやが、どうせそんなことを理解してやっている学生は一握りやろ?

今回は「酸化還元滴定」というものを説明していきます。
高校二年生の化学で「酸化数」についての質問がけっこう多く寄せられとるのですわ。
「酸化数」という、化学の授業で「ようわからん」テーマを理解するのに、私は「酸化還元滴定」が格好の実験だと思いますよ。

化学の授業では、酸化反応と還元反応は同時に起こると習いますね。
これは電子(e⁻)のやり取りの反応やから。
つまり、これらは表裏一体の化学反応やからで、電子のやり取りにおいて、電子を与える側と電子を受け取る側が存在して初めて起こる反応なのよ。
とはいえ、こういった反応は私たちは身の回りで、ごく普通に経験しております。
たとえば、鉄骨が錆びたり、ビタミンCが体内で抗酸化効果を示したり、漂白剤が汚れた洗濯物を白くしたりと、さまざま経験している反応は、みな酸化還元反応ですよ。

これからお話する酸化還元滴定の実験では、未知の過酸化水素水の濃度を、濃度のわかっている過マンガン酸カリウム水溶液で滴定して知ろうというもんです。
その応用として、水質検査として化学的酸素要求量(COD)の測定にも酸化還元滴定が使われていることも同時に学ぶことが多いでしょうね。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/63/6/63_KJ00010136733/_pdf

ここでね、面白いことに中和滴定では指示薬としてフェノールフタレイン溶液を使ったけれど、過マンガン酸カリウム水溶液を使うこの滴定では、過マンガン酸カリウム自体が指示薬として働くのよ。
過マンガン酸カリウム水溶液は濃い赤紫色であり、赤ワインのような外観をしています。手に付けないようにね。皮膚の中で二酸化マンガンが析出して黒くなって取れませんぜ(そのうち薄くなっていくから安心してね)。
過マンガン酸イオンが還元されるとマンガンイオンになり退色してほぼ無色になる(ほんとうは、かすかにピンク色なのだが注意しないとわからない)。

酸化剤によってあるものが酸化されると、同時に酸化剤が還元されるから、酸化と還元の反応が表裏一体や。

過マンガン酸カリウムはKMnO4という塩であり、水に溶けて電離する(イオンになる)とK⁺とMnO4⁻(過マンガン酸イオン)に分解します。
過マンガン酸イオン
これが過マンガン酸イオン(アニオン:濃い赤紫色)で、正四面体になっている(Mn-O間の距離はいずれも等しい)。
マンガン原子と酸素原子の結合は電子軌道が共有されていて全体に電子一個分が余分に非局在化してイオンの中をめぐっていると考えますね。
過マンガン酸イオンが酸素原子を失って還元されると、Mn⁺⁺(マンガンイオン:ほぼ無色)になるわけ。

強力な酸化剤である過マンガン酸カリウムを使って、過酸化水素水中の過酸化水素の量を測ろうと言うのがこの滴定の目的やけど、ここで過酸化水素だって、強力な酸化剤であることに気づかれた方がいるかもしれへん。
酸化力を比較するとね、
過マンガン酸カリウム>過酸化水素
となって、こういった力関係は相対的なものなのよ。
だから、この滴定の場合、過酸化水素が酸化される側になるねん。
酸化還元反応を解析するには、酸化還元に関わる化学種だけを取り出して検討するのが普通です。

MnO4⁻ + 8H⁺ + 5e⁻ ⇒ Mn⁺⁺ + 4H2O …①

H2O2 ⇒ O2↑ + 2H⁺ + 2e⁻ …②

モル比を合わせて(①×2、②×5)、左辺同士、右辺同士を足すと、電子の項は消えて、
2MnO4⁻ + 6H⁺ + 5H2O2 ⇒ 2Mn⁺⁺ + 8H2O + 5O2 …③
となるわ。
2molの過マンガン酸カリウムに対して5molの過酸化水素が消費される(分解される)ということを利用して、過酸化水素水中の過酸化水素の濃度を知るわけです。
実際の実験では、過マンガン酸カリウムと、プロトン供給源として希硫酸を使うのよ。
この反応では、酸であればなんでもいいというわけにはいかない事情があります。
希塩酸はアニオンの塩化物イオンが酸化剤になってしまい、希硝酸はアニオンの硝酸イオンが還元剤になってしまうからです。
ところが希硫酸はアニオンの硫酸イオンが、酸化剤にも還元剤にもならないから好都合なのよ。
そしてもう一つ大事なことは、滴定の液性を酸性側に傾かせる必要があるからです。

この滴定は、最初、無色から始まり、過酸化水素が過マンガン酸によって消費され、過マンガン酸イオン過剰になったときを終点にするので、そのときに赤紫色に着色してくれないと判別できないからね。
もし、最初から液性が中性だと過マンガン酸イオンの色が着いたままになっているはずでしょう?

実験の手順は、参考書などを参照していただくとして、そろそろ酸化数の話に移りましょ。

酸化とは「酸素が化合する」ことだと、みなさん漠然と思っているでしょう。
間違いではないんですけど、これだと酸素以外の酸化剤が化合する酸化を表現するには「狭い」ので、もっと普遍的な、電子の行き来で説明しようじゃないかというのがこれから説明する「酸化数」の話なんですよ。
酸化も還元も、電子が移ったり、取られたりすることの言い換えなんですよ。

ある物質の電子が取られる(失う)ことを「酸化」と仮に言っているにすぎないわけだ。
反対に、ある物質に電子がやってくる(得る)ことを「還元」ということ。
さっきのマンガンの例で、たとえば金属マンガン(Mn)がマンガンイオンになる反応を見てみます。
Mn → Mn⁺⁺ + 2e⁻ …④

金属マンガン1molは電子を2mol失って(酸化され)、1molのマンガンイオンになるということやね。
④式で生まれた電子2molは、ただちに(同時に)消費されることになっていて、実は④式は独立した反応ではないことに注意してくださいよ。
「酸化と還元は同時に起こる」という前提が崩れますからね。
必ず電子の受け入れ先の物質(還元される物質)があるから④式が成立するんです。
電池(マンガン電池)の中では④式が実際に起こっている…

陽イオンはプラスの電気を帯びていると説明されるけれども、それはマイナスの電気を帯びた「電子」が欠乏しているとも言い換えられる。④式はまさにそのことを表現しているね。
話は飛びますが、半導体で言えばP型とN型だ。

電気分解の実験で、塩化銅水溶液に炭素棒を電極にして電池につなぐと、陰極には金属銅が析出し(銅メッキ)、陽極からは気体が発生するのが見られるやろ?
※電極に炭素棒を使うのは、炭素がイオン化しないので、酸化還元反応の邪魔をしない導体だから。

その気体を嗅ぐと、塩素系漂白剤の匂いがするはずや。つまり塩化物イオンが電子を失って(酸化され)て二原子分子(Cℓ2)になったということや。
陰極の金属銅は、銅イオンが還元された(電子を受け取って)からと説明できる。

電気分解はとても酸化還元反応をよく表していると思う。
※ここから「電気陰性度」や「イオン化傾向」の議論に発展していくが、今回は割愛する。

ここまで見てきて、酸化数とイオン価(電荷)とは同じなんじゃないか?と気づかれたと思う。
酸化数が「+Ⅱ」ならイオン価も「++」とか「2+」と書くからね。もちろん酸化数が「-Ⅰ」ならイオン価は「-」だ。
水素イオンは、酸化数が「+Ⅰ」で、そのイオン価も「+」ですが、これは、水素イオンの相手が水素より電気陰性度の大きい陰イオンの場合に限られます。例外的に水素化物の水素原子の酸化数は「-Ⅰ」にするとされています。

ここでね「硫酸イオン:SO4⁻⁻」をみてみよう。これがなんで酸化数が「-Ⅱ」でイオン価も「2-」なのかということを説明します。
実は酸素原子(O)の酸化数は「-Ⅱ」なんです。ちなみに酸素分子(O2)の酸化数は「0」ですよ。
硫酸イオンでは酸素原子が4つ(-Ⅷ)で、かつ硫酸イオンのイオン価が「2-」なのだから、硫黄(S)の酸化数は「+Ⅵ」でなければ計算が合わないですね。

電気的に中性の化合物の酸化数の総和は「0」になるはずです。つまり互いに電子を共有している二原子分子(O2やCℓ2など)、また、自由電子で結合している「単体」の金属や炭素も酸化数が「0」です。

酸素の酸化数には例外があります。
先ほど出てきた過酸化水素です。
過酸化物の酸素原子の酸化数は「-Ⅰ」とするのです。

じゃあ、過マンガン酸カリウムの「過マンガン酸イオン」(MnO4⁻)のマンガン原子の酸化数はどうなりますか?
そう、「+Ⅶ」ですね。

酸化数なんて、簡単なものですよ。
食わず嫌いなんじゃないですかね。