イギリス空軍の傑作機はスーパーマリン社の「スピットファイア」とホーカー社の「ハリケーン」ですね。
「スピットファイア」についてはあっちこっちで書いたので、今日はホーカー「テンペスト」について書きましょう。
もう、感づいているかと思いますが、「テンペスト」は「ハリケーン」に始まる「嵐」系の兄弟機だということ。
「ハリケーン」→「タイフーン」→「テンペスト」と続くのです。
間に「タイフーン」がいるんですね。

「テンペスト」は末の弟なんだけど、第二次世界大戦中でヨーロッパでは最速のレシプロ機だったと言われています。
中の兄さんの「タイフーン」は戦闘爆撃機という位置づけでした。
また「タイフーン」には日の目を見なかった「トーネード」という双子の兄弟がいたのですがね。
※「トーネード」はRAF(イギリス空軍)から1000機の発注を受けていましたが全機納品には至りませんでした。性能的に「スピットファイア」を下回るものだったからです。

ナチス・ドイツはイギリスに対してV-Ⅱというロケット爆弾で遠隔攻撃を成功させていたので、その発射基地をなんとしてもやっつけなければいけませんでした。
そんな中で、開発されたのが足の長い(航続距離の長い)、戦闘能力のある爆撃機が求められました。
デハビランド「モスキート」爆撃機もそういう意図で作られたのでしたね。

そして、「テンペスト」は「タイフーン」の改良機として完成したのです。
エアインテーク(エンジン冷却用空気取り入れ口)を機首の下に持つ、アメリカのカーチスP-40のような面構えですが、「テンペスト」は「タイフーン」から受け継いだものです。
液冷式エンジンがもっとも空力的に優れるのですが、冷却液の冷却構造が問題なのです。
日本軍の三式戦闘機「飛燕」などは操縦席のすぐ下(ちょっと後ろかな)にそのエアインテークが設けられています。
第二次世界大戦で「テンペスト」と功を争った米軍のノースアメリカンP-51「ムスタング」もエアインテークは腹の下です。

エアインテークの位置の問題は、とても難しい問題で、どれが正解かというのは言い切ることができません。

空冷式の場合、星形エンジンゆえ、先太りの設計にならざるを得ず、機首を絞ると空気抵抗は下がりますけれども、エンジンの冷却が乏しくなり、強制冷却ファンをエンジンの前に取り付けるなどをしなくてはオーバーヒートしてしまいます。
ドイツのフォッケウルフFw-190や三菱「雷電」はそうしていました。
空冷式の場合、もっと設計を根本的に見直そうとすればエンジンが操縦席の後ろについた「エンテ型」になってくる。
それでも冷却効率はさほど良くならないと思いますよ。
パイロットの前方視界が良くなるのと、やはり空気抵抗が少なくなり速度がアップする期待はあります。
幻の翼となった日本の「震電」がそうです。
飛行機にはエンジンで「引く」タイプと「押す」タイプがあって、レシプロ機では圧倒的に「引く」タイプが多いけれど、ジェット機になると「押す」タイプしかありません。
つまりエンジンが操縦席より前にあるのが「引く」タイプで、操縦席より後ろにあるのが「押す」タイプです。
双発以上の多発になると翼にエンジンがつきますので、レシプロでもジェットでもあります。
レシプロエンジンがプロペラ推進なのでどうしても「引く」形になるのでしょう。
ジェットの場合、「押す」性格が表に出てきます。

でも第二次世界大戦中は、ドイツがジェット戦闘機を導入しつつも、連合国側はレシプロ機で最速を目指していました。
それが「テンペスト」であり「ムスタング」であったわけです。

「テンペスト」とは「嵐」ですが、シェークスピアの同名小説が由来だろうと思います。
ベートーヴェンも「テンペスト」と題して、シェークスピアの作品からインスピレーションを得てピアノ曲を作っていますから、ヨーロッパでは「嵐」と言えば「テンペスト」なんでしょう。

ナポリの王様が、家来とともに船で嵐のなか、遭難して、とある孤島にたどり着いて、そこにはかつて追い払ったナポリ王の兄とその娘が住んでいたという「奇遇」のお話。
跡目争いで、弟が兄を放逐したんでしょうかね。
その島流しにあったナポリ王の兄とその娘は、島で復讐のために魔術の研究をして、妖精とともに魔術で弟王をやりこめるっていう寸法だったと思います。
弟のナポリ王の息子があろうことか、兄の娘に一目ぼれして(いとこ同士)、兄者がその甥っ子に苦難を与えて乗り越えさせ、ついに二人はめでたく一緒になるんだった。

このお話は坪内逍遥によって日本に「颶風(ぐふう)」として紹介されました。
そういえば、「台風」という言葉は戦後になって使われるようになったもので、「タイフーン」が語源の当て字だそうですが、それ以前は単に「大嵐」とか「颶風」と世間では呼ばれていたようですよ。

何の話だっけ?
戦闘機「テンペスト」でしたね。
「シービクセン」や初のVTOL機「ハリアー」などのイギリス製ジェット戦闘機が出るまでは、大戦後も活躍した「テンペスト」が、アメリカの「ムスタング」と同じように最後のレシプロ戦闘機の有終の美を飾ったのでした。