まずはこの映画を観ていただきたい。
大阪万博(1970)公式記録映画

この映像を観て「ああ、あの頃は良かった」と感傷に浸るのもよろしいが、「人類の進歩と調和」のテーマを思うとき、どうなんでしょう?
ケロヨンに涙が止まらないわ…
迷子の「さばき」がすごい!テレビ電話も活躍したそうだけど、迷子札(ワッペン)が秀逸で、親と子で半券を分かち、共通番号で紐付けが瞬時におこなわれるんです。うまい方法だわ。

私はこの頃、小学二年生でした。
ただもう、このお祭り騒ぎに浮足立って、両親に「連れてぇ!」と毎度ねだっておりました。
結局、二度、連れて行ってもらいました。
エキスポ70

人、人、人…それにも増して、巨大な未来の建物が幼い私の目に飛び込んできたんです。
なにもかもが原色で大きい。
そして外国人!初めて見た黒い人、白い人!
ガボンのおばさんの大きな黒い手と握手した。最初に入ったパビリオンがガボン館だったんだ。
ふくふくしたおばさんの温かい手を今も覚えている。
"Hello"
黒人さん、怖くなかった。
大きな、大きな、やさしい目をしたおばさんだったよ。
あたし、ガボンの記念切手のセットを買ってもらった。

お祭り広場の天井が高いのに、さらにその天井をぶちぬいて太陽の塔が建ってんの。
大人になってから万博記念公園で見たものが同じ塔だとは…もっと大きかったと思うんだけど。

テレビ電話がありましたよね。電気通信館の。
それが今は、現実にスマホを使ってリモートで対面で会話ができる。
伝送新聞(ファクス)もありました。
青焼きのファクスは、かなり古くから新聞社などで使われていましたが、鮮明度に欠けるしろものでした。
そのころの商用通信は電話や電信以外に、ファクスとテレタイプ、テレックスが主に使われていました。
通信機も管球式がまだまだ全盛で、トランジスタを使ったオールソリッドステート化通信機は発展途上でした。
東芝やNECがまだ真空管を作っていた時代です。

ソリッドステート化が進むと電化製品の小型化、高性能化が進みます。
あたしがアマチュア無線に手を出すのは大阪万博から五年後でした。
アマチュア無線機が市販されるようになっていました。
短波のトランシーバはまだ管球式で、非常に大型で重かった。
移動にバッテリーで使えるものでも、真空管が用いられていました。
ところが超短波(VHF)のトランシーバからソリッドステート化が進みます。
オールトランジスタの車載機が販売されるようになったころに、あたしはやっとアマ無線の電話級に合格したんです。13歳でした。
カセットテープを使ったカセットテレコが友達の間でもてはやされていました。
深夜放送を聴くようになった中学生たちが、こぞって親にねだって買ってもらっていましたっけ。
高校生ぐらいになるとコンポなるものを持っている先輩もいましたし、フォークギターやエレキギターが高校生のステータスだったような気がします。
オーディオの世界では、早くから自作派が活躍していて「無線と実験」や「トランジスタ技術」なんていう難しい雑誌を彼らは読んでましたね。
あたしの父などは「ハイファイ」(Wi-Fiではない)とか「電蓄(でんちく)」というものを持っていました。それでベンチャーズなんかを聴いてましたね。
そのころのアメリカ製のトランジスタが「OC」という記号で始まるものがあり、あたしは「2SA」とかいう番手と違うので製作記事でとまどったこともありました。
海外短波放送を聴く「BCL」もやり始めていたあたしは、プリセレクタやアンテナカプラーなんてのも自作していたんですよ。
受信機とアンテナのマッチングを取るのがアンテナチューナーという装置ですが、アンテナチューナーには同調回路を内蔵したプリセレクタと、インピーダンスのマッチングを取るだけのアンテナカプラーの二種類がありました。あたしの分類ではそうなんですが、専門家からは「それは正確ではない」とおしかりを受けるかもしれません。よくわからないのが本音です。
ほんとは、あのころ、あたしが一番欲しかったのは「デジタル周波数カウンター」でしたね。
ラジオの受信周波数を直読することを、当時のBCLたちは最も望んでいたからです。
短波放送の放送周波数は季節によって変えられてしまうんですね。雑誌であらかじめその情報を得てはいるのですが、実際にラジオで待ち受けて受信するには、正確な周波数を知りたいわけです。
そのうち、ラジオのほうが「5kHz」まで直読できるように対応してきて、ついには「1kHz」まで直読できるデジタル表示の受信機まででるようになりました。

通信という切り口で時代をながめると、小型化と高性能化が車の両輪のようになって発達したように思えます。
トランシーバーがもっともその発達が速かったけれど、じきに電話が追い付いてきます。
電話は通信機の一種ですが、電電公社(当時)が一手に取り仕切る機械で簡単に改造したり、使い勝手の良いようにユーザーがどうこうすることは許されません。
それは、いまのスマホも内部を改造したりできないことと同じです。
電話通信は通話料をいただくという電話会社の思惑があり、ユーザーの電話番号と銀行口座と紐付けがなされているからやっかいなんですね。
昔、電話を担保にお金が借りられたんですよ。
電話を持っていると信用があったんですね。
正確には電話を契約しているという「債権」が生じているのでその債権を担保にお金を貸すわけ。

アマ無線にはそんな決まりや契約はありません。ただ国から免許を受けて運用するという縛りだけです。

「オールインワン」のニーズは古くからあり、一つの機械であれこれできることをユーザーは望むわけです。
化粧品でもそういうクリームが話題ですね。
アマチュア無線機でもオールモード、オールバンドをうたうトランシーバがはやりました。
その究極がスマホなんだろうなと思います。
あれ一枚(?)で何でもできますでしょう?
動画を撮って、ネットに載せて拡散できるし、もちろんメールも通話も、調べものもできてしまう。
検索機能は一昔前とは雲泥の差です。
保存もほぼ無限にできそうだし。
これさえあれば…シャープの「ザウルス」以来のガジェットとなっているわ。

そのタネはあの大阪万博、エキスポ70にすべてあったといっても言い過ぎではないでしょう。
さて、今度の大阪万博(2025)にその感動があるかしら?
高度成長期と安保闘争の上に咲いた「あだ花」だった万博です。
「あだ花」は「あだ花」として人々の記憶に残るのです。
「あだ花」でいいから咲かせてほしいと思います。
万博なんてしょせん「お祭り」なんですから。