アニメ『鬼滅の刃』が空前の大ヒットだとかで、私が手伝っている塾でも、生徒さんはその話でもちきりです。
「全集中」だとか、菅総理も言うてましたが、あたしはそのとき何のことかわかりませんでした。
このアニメの中で主人公が言う決め詞(ことば)らしいですね。
だいたい、難しい漢字の名前の登場人物でさっぱり、あたしにはわかりません。

この間の土曜日だったか、ピアノの調律をしてもらったんですね。
調律師さんが、調律し終わったときに何か一曲を弾いてくださるんです。
その曲が、私には初耳で「何ですかこの曲は?」と訊いたら、『鬼滅の刃』のテーマだと教えてくださいました。
なかなかいいメロディでしたよ。
彼が言うには、息子さんが「弾いてくれ」ってうるさく言うものだから、練習したんだそうです。
ものすごく喜んでくれたそうですよ。
「お父さん、すごい」ってね。

あまりの人気で、クラスでこのアニメを見ていないなんてことになると「仲間外れ」にされたり、変人扱いされたりするらしいことを、塾生の女の子が言っていたことが気になりました。
よく似たことは過去にもありました。
『君の名は。』がヒットした時や、ずいぶん前ですが『ワンピース』が流行ったとき、『ビックリマン』が流行ったときです。
親も子供が仲間外れにされてはいけないと、ねだられたら映画に連れて行かねばならず、漫画本が出たら買ってやらねばならずと、大変だったようです。
『鬼滅の刃』の場合は少し事情が異なっていて、親はあまりこのアニメを見せたくないらしい。
というより、子供と一緒に観に行ってその残忍な内容に驚いて目を背けたと言います。
映画館は大画面で、大音量ですから、その臨場感はすさまじく、大人でさえ声を上げてしまいかねなかったということでした。
もちろん、内容はホラー的な要素があるにしても、家族愛や兄が妹を思う気持ち、仲間との絆、彼らの言葉の重みなど得るところが多いのがこの作品の魅力なんですがね。

ある評論家が書いてましたが、このアニメの空前のヒットを前にして、このアニメを批判的に評することが憚られるというのです。
あきらかに「同調圧力」を感じるというのです。
ネット上で批判的な意見を書くと、猛バッシングを浴びて炎上必至だそうです。
「みんながいいというから、いいのだ」という無批判な同調。
これは、ことアニメだからといって看過できない現象です。
だから見せたくない作品だが、ねだられれば、親も子供が仲間外れにされないように、しぶしぶ見せてやるということになっているのではないか?

新型コロナウィルス禍で、このような現象が強く出ているような気もします。
子供たちは、何とも言えないこの閉塞感、孤独感から『鬼滅の刃』に感じるものがあり、主人公の活躍に感情移入し、留飲を下げ、快哉(かいさい)の声を上げてしまうのでしょう。
それはそれで、はけ口としていいのだと思う。
しかし、だからといって、「観ないと、乗り遅れる」みたいな感覚で流されるのはよくないし、無批判に受け入れることはしたくない。
私はそう思って、今も観ていない(時間がないのが主な理由だが)。

大人は『エール』にハマって、同じような慰撫を受けているし、こういったメディアコンテンツに心を奪われるのは、コロナ禍で閉じこもっている人には仕方のないことなのかもしれません。
※私は『エール』を欠かさず観ておりますよ。