人や動物が亡くなると、死後の世界があって霊になって、現世と行き来するとか、浮かばれずにさまようとか言われる。
私は、そういうことを信じない。
最初は少しは信じていたが、やはり両親が亡くなり、身近な人が次々に鬼籍に入られるに及び、私が特に彼ら、彼女らに守られているとは思えないからだ。
なんとも身勝手な言い分だとは自分も思うが、亡くなったらそれなりの霊力を発揮して私を誤った道から救い出してほしいし、少なくともなんらかの示唆を与えてほしいとも思うのだ。
親しい人が亡くなると、その直後とか、前触れとかに枕元に立つらしいが、そんなものも見なかった。
最も近しい父母でさえ、私の枕元に立ってくれはしなかった。
あっちの世界に行けば、もう「清々した」とばかりに、娘のことなどほったらかしなのだろうか?
あれから苦労続きだよ、おっかさん!
自業自得ではあるけれども、なんかしてくれないかな?
月命日には、ちゃんとお花も飾っているじゃないの。

デカルトなどの著作を読むと思うのだが、人間は考えるから存在しているのであって、そうすると霊的なものは「考えない」から存在しないのだとは言えまいか?
脳科学では、シナプスの電気信号のやりとりで人間は記憶し、また思考するのだと教える。
つまりは物質が関わって、化学反応なり、電気反応があって思考がおこなわれるのだ。
すると、物質でもない霊、または生体反応を止めた骸(むくろ)にそのような反応が起こるだろうか?
やはり、霊は存在しないし、こじつけるなら私たちの脳の産物なのだということになりはしないか?

霊媒やエクトプラズムという「物質?」があるというが、私の知る限りそんなものを分析した人はいない。
霊感は、第六感のことであり「霊が見える能力」ではなかろう。
予知能力は、その人の勘の鋭さと無関係ではないが、つきつめると過去の経験や周囲の状況の分析能力が長けていて、正確な予知につながっているらしい。
ご本人は、理路整然とは説明できないが、つまり「当たる」のである。
無から有は生じないのだ。

「金縛り」が脳の産物であることは最近判明したらしい。
被検者の寝姿を遠隔で撮影しながら、金縛り状況を人工的に作り出した時、本人はただ安らかに眠っている姿が写っていたそうだ。
しかし本人はその時、目を開けて強い金縛りと戦っていたと証言している。
ノンレム睡眠による夢がたまたま「金縛り」であって、それは本人にとっては「現実の世界」だったわけだ。

そうなるとますます「霊的」なものは、ファンタジーに過ぎないと思えてくる。
物質でないものは、もはや実在を証明することが難しいのである。
夢でさえ、脳という物質が作り出す世界なのだから。

私だって、霊が「ご利益」を持ってきてくれるのなら信じてやってもよい。