塩(食塩:NaCℓ)は溶解度曲線がほぼ横ばいなのを、おそらく中学校の理科でやっていると思うのだが、ここで確認しておこう。
塩百科」にそのグラフがあったので引用する。
塩ミョウバン溶解度曲線
溶解度は温度依存性があり、温度の関数である。
ミョウバン(カリアラム複塩)の溶解度が温度が上がると急に大きくなるのに、食塩のそれは、ほぼ一定で、温度にあまり依存しない。
25~40gの間で微増という推移を示す。
※引用したグラフは水平すぎる。温度が高まればもう少し食塩の溶解度も上がるはずだが。

水100gに対し、25℃で食塩は28g前後で飽和に達するわけだ。
いっぽう、ミョウバンの方は加熱して過飽和にし、ゆっくり温度を下げていくと簡単に晶出(結晶化)してくる。
食塩でも、時間を掛ければ結晶が大きく育つが、ミョウバン程簡単ではない。
これも食塩の溶解度が低く温度依存性が少ないからである。

食塩水のpHは7.0で中性であるが、それは水素イオン濃度を示すH⁺がないのと、水酸化物イオン濃度を示すOH⁻がないからだ。
水の電離があったとしても、H⁺とOH⁻の数が釣り合っている(平衡)ので、中性にならざるを得ない。

pHは陽イオンNa⁺や、陰イオンCℓ⁻があっても変化しないのである。

塩化ナトリウムが食塩の正式名であるから、以後、塩化ナトリウムと記すが、塩化ナトリウムは安定であるので標準物質に認定されている。
※「食塩」は食用・医療用に用いる場合にのみ使われる呼び方である。

塩化ナトリウムは、おもに容量分析の標準物質である。
潮解性(湿ること)が常温ではほぼないことが塩化ナトリウムを容量分析標準物質に適している証拠である。
「食塩」がよく湿って固まる現象を見ると思うが、あれは不純だからである。
海塩には、にがり成分(塩化マグネシウム)が含まれ、完全には取り切れないから、潮解性を示してしまうのだった。
この固化を防ぐには湿気を除くほかないが、その際にも温度サイクル(温度の上下変化)が激しいのは良くないらしい。結露を招くような環境に置くと「団結(ブロッキング)」を起こして固く固まってしまう。固まった食塩は焙烙(ほうろく)などの陶器で加熱し、さっと焼き塩にするとよい。鉄製のフライパンは錆びてしまうかもしれないし、塩化ナトリウムは800℃ぐらいで融解を起こすからだ。
団結を防ぐには、乾燥剤として珪藻土製品を同封しておくか、喫茶店の塩の瓶に入っているように米粒を一緒に混ぜておく方法が取られる。素焼きの容器に塩を保存するという方法も取られる。

塩化ナトリウムの大きな結晶は、光学部品に使用される。
たとえば、赤外吸収スペクトル分析の際の、液膜法による場合、試料液を透明な塩化ナトリウム板(結晶から削り出したもの)に塗布するか、二枚の結晶板に挟み込んで液膜をつくって赤外線を照射するのである。
塩化ナトリウムは赤外域に吸収を持たないので、格好の試料保持材になってくれるのだった。
500円玉ぐらいの円形の食塩板(結晶)だが、かなり高価なものである(たぶんドイツ製)。
当然、湿気で曇るし、水滴がつけば解けてしまうので扱いに細心の注意が必要だ。
衝撃にも極めて弱い。
※見たい人はS.T.Japanのホームページなどに行ってください。

塩化ナトリウムの溶解エントロピーが小さいために、温度が変化しても溶解度があまり変わらないのだと説明されるが、どうして溶解エントロピーが塩化ナトリウムの水溶性の場合に小さくなるのだろうか?
ΔG=ΔH+TΔS
の式が示すように、ΔS(エントロピー変化)が十分に小さいと、T(温度)にほとんど影響を与えないことはわかる。
ΔG(ギブスエネルギー変化)、ΔH(エンタルピー変化)がΔSの変化が小さいために温度が変わっても変化量が小さい(一定)であるとこの式は言っている。
溶解のエントロピー(乱雑さ)が小さいということは、結晶の塩化ナトリウムの状態と、水溶液の塩化ナトリウムの状態がさほど変わらないということらしい。
水に塩化ナトリウムが溶けるということは、水分子による「水和現象」が起きていなければならない。
つまり、水分子の水素結合が、Na⁺とCℓ⁻に引き離すのである(電離またはイオン化)。
溶解とは溶質と溶媒の濃度変化が均質になろうとするエネルギー変化であり、そのエネルギー変化が大きい場合、発熱や吸熱といった温度変化を伴うものだ。
濃度の高い部分から低い方に溶質も溶媒も流れ、溶媒は透すが溶質を透さない半透膜で隔てられた場合、浸透圧というエネルギー変化も起こす。
濃度勾配はそのままエネルギーに変換できるのである(青菜に塩、ナメクジに塩、オジギソウのおじぎ、漬物や煮物の味の浸透など)。
溶解のエントロピーが小さいということは、そのまま「溶けにくい」ということを表している。
つまり、混ぜても「乱雑」になりにくいと言っているのである。
塩化ナトリウムの場合、塩化ナトリウムが多く、水が極端に少ない環境では、溶解のエントロピーが小さくても固化や、浸透圧による「吸い出し」が起こって、食塩が湿って固まったり、ナメクジを小さくしてしまうのである。
塩化ナトリウムといえども水に溶けるからだ。
このような現象は、食塩でも砂糖でも起きうるのである。水に溶ける固体物質なら、なんでもナメクジを小さくすることができるだろう。

砂糖の溶解度もミョウバンのように、温度変化が激しく、水にいくらでも溶け、水の何倍も溶かすことができ、ついには水飴になる。
これは砂糖(ショ糖)の分子に水酸基が多数あり、水和(水分子が取り囲む)が甚だしく起こるからである。
砂糖が湿った場合、塩のように簡単に戻せないのは、水和が激しいからである。
加熱するとカラメルになってしまう。

湿った食塩(塩化ナトリウム)は水分が飛ぶとNaCℓの結晶になるだけだ。
無機塩の中には「結晶水」として、水分子を結晶構造に取り込んでいる物質もあるが、加熱し続けるとその結晶水も飛んでしまう。
しかし、冷ますと空気中の水分を再び結晶に取り込んでしまうが、これは「湿って」いるのではない。
※有機物の中にも結晶水を持つ物質はある。シュウ酸やクエン酸などがそうだ。

食塩水は、さらに塩化ナトリウムを加えても溶かしにくいわけだが、見方を変えると、ほかの物質が溶解することも邪魔することになる。
つまり食塩水は、水道水や真水より物を溶かしにくくなる。
これを利用した物理現象を「塩析(えんせき)」という。
水に溶けているものを、固体として取り出したいときに、そこへ食塩を溶かしてやるのだ。
塩化ナトリウムは、すぐに飽和して自分も溶けないが、他者の水への溶解度も低下させるのである。
すると、食塩水ができると同時に、溶けていたほかの物質が析出して浮遊したり、沈殿したりするのである。
エマルジョン(乳化物)も塩析で分離することができる。
工業的には、固形石鹸の製造がそうだ。
プラスチックの製造でも、乳化重合の場合、塩析で高分子化合物を析出させ、分離乾燥させて粉末化するのである。
料理の世界では、パスタを茹でる際に、湯に食塩を溶かすのも、パスタのでんぷんがお湯に溶けださないようにするためだと思われる。
こうすることで「のびない」、「コシのある」パスタが得られるのである。
モッツァレラチーズを薄い塩水の中で保存するのも、チーズが溶けださないようにするためらしい。

塩化ナトリウムは「溶解度」を落とす働きがあったのである。それは溶解エントロピーが小さいからであり、自らもあまり水に溶けず、すぐに飽和溶液になるのだった。

重曹(炭酸水素ナトリウム)は、食塩よりもさらに水に溶けにくい。
重曹水を作るとどうしても「溶け残り」ができると、不満を漏らす主婦がいるが、当たり前である。
溶けないのだからしょうがないのである。
重曹水は飽和溶液で溶け残りのあるまま使うのである。
溶け残りの結晶が研磨剤として働いて、汚れが落ちるというわけだ。

食塩濃度の高い食品を摂取すると胃がんリスクが高まるそうだ。
これは浸透圧に関することかもしれない。
濃い塩分の食品が胃粘膜に接触することで、粘膜下の細胞の破壊を促してしまうのではなかろうか?
胃壁は、都度、塩酸にさらされ、過酷な条件下で働いているのだから大丈夫だろうと思われやすい。
ただそれは低いpHという条件下だけのことであり、それは粘膜で防げている。
濃い濃度の食塩水によるダメージは胃粘膜を透過し、胃壁細胞をナメクジのように破壊して潰瘍を起こしてしまうのだろう。
度重なる潰瘍は胃がんのリスクを高めるし、濃度の高い塩分は下流の十二指腸、小腸へも影響するだろう。

海水の中で育まれた私たちの祖先から由来している塩化ナトリウムは、侮ると私たちの生命を脅かすのである。