山中與幽人對酌 (李白)

兩人對酌山花
一盃一盃復一
我醉欲眠卿且去
明朝有意抱琴


(七言絶句、青字は韻字)

深い山の中で、気の置けない二人の隠者が酒を酌み交わし、その興を詩にしたためた。

二人は、向かい合って、盃を交わす。花まで咲いて再会を喜んでくれているようだ。
さぁさ、一盃、君も一盃、また一盃
ああ、おれはしたたか酔ってしまって、ひたすら眠い。君、すまんがひとまず帰ってくれ。
あした、その気があれば、琴を持ってまた来てくれないか?


なんとも勝手な御仁だ。
ひとり、気持ちよく酔いつぶれて、寝ちまった。
でもその気持ち、よくわかるよ。

この漢詩には「本歌」というか元のエピソードがあるのだそうだ。
詩人、陶淵明(とうえんめい)の飲酒のことが『宋書』にあって、彼は、まさに「我醉欲眠卿且去」と友人に言ったらしい。
「卿(けい)」は対等か目下の友への人称代名詞。「且(そ)」は「しばらく」または「ひとまず」の意。「去」は「去れ」という命令形。
琴(きん)は筝(そう)より小型で五絃または七絃の弦楽器。ちなみに筝は十三絃である。

贈内(妻に贈る)  (李白)
三百六十日
日日醉如
雖為李白婦
何異太常

(五言絶句、青字は韻字)
一年三百六十日
毎日泥酔して
李白の妻と言っても名ばかりで
太常の妻と異なりはしない

「内」は「家内」のこと。「妻」である。
ここでは李白自身が、自らを顧みて、細君に申し訳ない気持ちを詩に込めた。
それでも酒をやめられない。
「太常の妻」とは故事で、中国の詩人や知識人の間ではこれだけで通じる。
つまり、皇帝(天子)の祖先を祀る「祖廟」をお世話する官職を「太常(たいじょう)」といい、漢(後漢)の時代に周沢(しゅうたく)という太常がいて、その職務は忠実で、妻にも厳しく職務内容について尋ねたりすることを禁じていた。
ある日、周沢は病に倒れ、祖廟の斎宮で臥せり家に帰らなかった。妻が心配してこっそりと斎宮に訪れ、具合を窺いに来た。周沢は妻が斎戒の禁を犯したと怒って、妻を詔獄(裁判所の拘置所)に送って、陳謝の意を天子に示した。
この行為を、世間の人は「行き過ぎ」だと指弾し、周沢の妻に同情した。
『後漢書』周沢伝に「世に生まれて諧(かな)わず、太常の妻となる。一歳(ひととせ)三百六十日、三百五十九日は斎(ものい)みし、一日のみ斎(ものい)まざれば酔いて泥の如し」とある。

以上が「太常の妻」の故事である。
(引用『李白詩選』(松浦友久編・訳、岩波文庫))

呑兵衛の妻は大変だね。