今日の報道ステーションの党首討論会を観た。
こういうことを本当は国会を開いてやってほしかった。
いくら選挙前に私たちに訴えられても、虚しい。

日本の国会、なかんずく衆議院予算委員会は討論の場と言うより、追及と弁駁の場と化している。
「文春砲」にすっぱ抜かれた閣僚たちへの野党の攻撃で、なんら国政の前進に寄与しない。
不毛な会議だった。

政府与党が、多数派の上にあぐらをかいて、のらりくらりの答弁を繰り返し、既視感さえ覚える。

コロナ対策だけでも与野党でいろんな意見が出ていた。
傾聴に値するものも少なからずあったように思う。
ならば、もっと国会で真剣に問題点や意見を俎上に挙げ、よく揉んだらどうだ?
与野党の壁を越えて、ほんとうに日本にとって、国民にとって良い方策はあるのかを形式にとらわれずに「揉んで」ほしい。
選挙で票欲しさに、国民の耳に聞こえの良いことばかりを並べるのは、あってもいいが、むしろ国会でやってほしいのだ。

そして国民は自分で考えて(ここは自己責任である)一票を投じるのみである。
棄権は、だれのためにもならない。
こういうときに「自己責任」という言葉が使われるのだ。

日本の十八歳以上の有権者たちは、手ぐすねを引いて待っているのだ。