あたしは、中村君と二人で同軸ケーブルの加工をやっていた。
被覆を剥いて、網線をめくって、芯を出し、その鞘を剥いて芯線を出していく。
中村君が、Mコネクタをはめて半田をつけていく。
「なあ、なおぼんはアースって何のためにあるか知ってる?」
「接地のことかいな」
「うん」
そりゃ、通りいっぺんの知識はあるけど。
「電線路の中性点とか回路の基準電位を地球につなぐこっちゃ」
「つないでへんのもあるやろ。ケータイとか」
「弱電の回路は共通線をもってアースとする。わかった?」
「わからん」
どういうたらわかるかな・・・

「高い電位をゼロボルトに落すことをアースっていうんやけど。不都合な高い電位、たとえば、雷とか静電気は地面に逃がして、電位を下げて安全にするし、電子回路では電位の高いところから低いところへ落す際にいろんな仕事をさせるやろ?水車みたいにな。水は最終、海に流れてしまうけど、電気でいう海がアースやがな」
「ああ、そういうことかぁ」
「わかった?」
電子回路で説明すると、もう少し高級な(?)内容になるかなと思い、
「エミッタ接地回路て知ってるか」と聞いてみた。

「トランジスタの増幅回路やんな」
「そや。エミッタを文字通りアースにつなげる。この場合のアースは地球やなくって、同電位に落すこというの。そのために共通線で連結されるんや。だいたい回路図の下側が共通線やね」
「高いところから低いところに落す、水車のたとえと同じやな」
「そうそう。この回路でベース・エミッタ間に信号を入力すると、コレクタに増幅された信号が出力されるやろ」
「それは知ってる」
「電気の高校出てるんやもんな、あんたは。おちゃのこやろ」
「成績はようなかったし」
「自家発電ばっかししてたんやろ。どうせ」
「あたり」
半田の煙の向こうで苦笑している。
600Wのでかいコテは、ここまでも熱気を運んでくる。

無から有は生じないからベース側にバイアス電圧をかけんと、増幅できないんやけど、直流回路やったらベース接地もコレクタ接地もみんなエミッタ接地と同じになってしまう。

「ほならね、中村君は不都合な電位を逃がすアースについては説明できる?」
反対に訊いたった。
「えっとぉ。さっき雷のこと言うてたやろ、あの避雷針はアースされてんねんね」
「そうや。避雷針とアースは切っても切れん間柄や。雷サージ電圧というのが雷が落す電圧やと思い。それを積極的に引き寄せて先に地球に落すのが避雷針のアースや」
「それから、レンジとか洗濯機の感電防止」
「うんうん。ああいう機器は筐体(きょうたい)にアースしてあるけど、水周りは感電しやすいし、レンジはマグネトロンで高圧がかかるから人体を通じてアースされると感電する。だから先に電位の低い地球につないでおけば常時、余分な電位は除かれるもんね」
「シールドも知ってるよ。電磁シールドはシールド材をアースしとかんと、シールドにならへんもん」
※シールドとは遮蔽(しゃへい)のこと。
「静電シールド、静電気除去材みんなそうやね。この同軸ケーブルの網線はシールドやから、マイナス側につなぐんやで」
「そやんな。なおぼんありがとう。ようわかったわ」
「ほうか、よかったな」
あたしは、被覆剥きにムキになって、ソラ返事。

商用電源を用いる機器は筐体と大地間に大きな電位差が生じており、ヒトが接触すると体を通じて地面に短絡し、感電するので、かならず大地に接地して電位を逃がしておく必要があるの(理想的には電位差が0ボルトであることね)。

さて、アマチュア無線家ならアンテナのこと少し。
アンテナのうち接地型のものは、地面が電波の鏡のごとく働くので、接地することでエレメント(素子)の一部に地面を用いることができるの。
従って、接地しないとエレメントの一部が欠損したことと同じなので感度が鈍るわけ。
簡単なゲルマニウムダイオードを検波回路に用いたラジオはアンテナ線として長いエナメル銅線を使うことが普通ね。
スパイダーコイルとか・・・(作るのが面倒なんだな、これが)
アンテナを電灯線につないでもいいけど、感電に気をつけてね。

でも、これだけでは感度がよくないので、アンテナの片方にちゃんとアースを取れば感度が向上するわ。

このラジオの回路にはダイオードから出た信号の余分な直流分を抵抗器を通じてアースに落すと、感度が向上します。
イヤホーンに並列に抵抗器を入れてみてください。
ダイオードでAM波(振幅変調)入力信号を整流(検波)するんだけど、どうしても直流成分がじゃまなのね。
それをイヤホーンのインピーダンスより少し低い抵抗をつないでそっちに逃がすのよ。
これを抵抗接地って言うの。

けどね、土地の狭い日本で大地にアンテナをぶったてるのは至難なんだよね。
受信だけじゃなくって送信もしなけりゃいけないアマチュア無線家は特にね。

でラジアルという仮想の地面を張れば地面から離れたところにアンテナを立てても有効なのがわかったのね。
それがグラウンドプレーン(GP、ブラウンアンテナとも)アンテナよ。
VHF、UHFの電波帯ならほぼGPでしょう。
あたしも使ってる。
垂直のアンテナにアースとして水平に三本以上のラジアルを張る。
三本なら120度の中心角で三方に、四本なら90度の中心角で四方に、五本なら72度・・・
同軸ケーブルの芯線はアンテナに、網線はラジアルにつなぐようにすれば出来上がり。

自動車無線のアンテナはホイップといって、一本の針金でできているわね。
あれは、自動車の本体がラジアルというか地面なんだよ。
だからあれでいいの。

ラジオ局のアンテナなんかは本当に地面から垂直にアンテナを張っている。
地面が岩だったりしてアースがとりにくい地盤の場合、地面に平行に銅線を張って、アンテナとの空中にコンデンサーを作る意味で、カウンターポイズっていう輪っかが柱の上についてるものもある