「人を殺してはいけない」とは、言い古された道徳観念だわね。

反論すると「あなたが殺されていい理由がありますか?」と問われるのがオチです。

あたしは仏教徒で、平和主義者だけれど、死刑は必要だと思うし、場合によっては殺人も仕方なしと思っているオンナです。

もしあたしがストーカーに狙われているとする。
あたしは、彼に呼び出されて、のこのこと出ていくの。
懐には、トカレフを忍ばせてね。

その前に、警察にはストーキングされていることを申し出て、それなりの調書をとってもらい、相手に勧告もしてもらっておくわよ。
法的には手続きを取っておくのね。

でも警察に期待はしていない。
だから、あたしは「その手」に乗って、誘い出されて彼を射殺する。
でないと、あたしが殺されるか、生涯怯えて暮らすしかないもの。
そんなのはごめんだから、殺してやる。

当然、あたしは自首して逮捕される。
人を殺したんだから。
罪を償うのはあたりまえ。

理由のある殺人は、償えばよいのです。
あたしの考えはそんだけ。

償うにしても、裁判で有利な判決を得たいから、弁護士と相談はするよ。

刑法ってね、罪名とそれにともなう罰条が規定されてるね。
こういうのを、罪刑法定主義って言うのよ。
その罰を受ければ、本末転倒かもしれないけど、その罪は許されるとも取れるの。
つまり覚悟の上で、罪を犯せってわけよ。

やったら、ちゃんと自首しろよ。

ゆすられて、一生、つきまとわれて、搾り取られるんなら、殺しなさいよ。そいつを。
銃を使うと、罪が重くなるんで、刃物がいいかな。
返り血が嫌?
そうよね。汚い血をあびたくないやね。
だから、銃を使うの。あたし。

手に入るよ。
簡単に。

みんな持ってるよ。

あたしは持ってないけど。
だって、殺す相手がいませんから。
あたしの周りは、いいひとばっかりなんでね。

前科が怖くて殺人はできないな。
前科を厭わず、殺す理由があるんでしょうから。
そうでないと、自分が生きていけないから。
生きるために殺すのはアリだと思うよ。
緊急避難や正当防衛では狭すぎて成立しにくいですからね。

人間、何事も覚悟ですよ。


ただし、無差別殺人はいけませんよ。
理由も志もなく人を殺してはなりません。
それは昔も今も変わらない命題です。
永山基準を持ち出されて「死刑」の判定を下されるのは理由なき殺人だからです。
酌むべき情状など「みじん」も「これっぽっち」もないときに「死刑」が言い渡されるのよ。

赤穂浪士の季節ですんで、そんなことを思いました。
今は、切腹しろとは言われませんから。