上方では「宿替え」江戸では「粗忽の釘」という落語をあたしなりに変えたものです。


宿替え(引越し)は今も昔も大変でした。
これはある粗忽者(おっちょこちょい)の亭主と奥さんの引越しの話です。

とある長屋に引越しの荷物をまとめている亭主と手伝う奥さんがいます。
「ちょっと、あんた、そんなようけ風呂敷に包んで、大丈夫なんか」
「なぁに、わしは、風呂敷さえあったら、なんでもかついで持っていったるんじゃ」
う・・・ん
「ちょこっと、重いな」
「ほれみてみい、動かへんがな」
「そや、そのオマルだけ、のけてんか」
亭主の死んだ母親のオマルが風呂敷包みから覗いています。
「こんなん取ったところで、動くかいな」と奥さん
「うるさいやっちゃな。ごちゃごちゃ言うてんと、早よ取れ」
ぶすっとして奥さんが
「ほれ、取ったよ」
えいやっ!やっぱりびくともせえへんかった。

「あのな、そこの漬物石を取ってんか」
「こんなん入れてんのかいな。よっこらせ。取ったで」
「さぁ、いくでぇ」
うーん。亭主の顔がみるみる真っ赤になったけど、やっぱりびくともしません。
「もう、めんどくさい、いっぺんみんな出してくれ、かかぁ」
「はあ?出すんかいな。もう」
ぜーんぶ、風呂敷からだして、奥さんは大汗かいて、やっとこさ「どうや?」
「ほな、いくで・・・」
「あ、あかんわ。なんでや?」
「ちょっと、あんた、敷居までくくってるやんか、そら動かんわ」
引越しで畳を上げてあるから、敷居がむき出しになってたんやね。
ご亭主は、荷物がバラけんようにする、「胴くくり」の紐を敷居に通してたんや。
ほんま、粗忽もんやなぁ。

そんなこんなでなんとか荷物を背負い上げ、ご亭主は新居に向かいました。
奥さんは、「立つ鳥跡を濁さず」とばかりに後片付けをしてから、亭主の後を追うことにしました。

けどね、奥さんが新居の長屋についたのに、亭主がいない。おまけに荷物も届いてないの。

「先に出といて、なにしてんねんな、うちの人は」

すると、むこうから、汗だくで亭主がやってくるではないですか。
「ちょっと、あんた、何してたん?早う出といてからに」
「いろいろ、あったんやがな」
ぜーぜー言いながら、そういうのが精一杯という風情。
「かかぁ、水を一杯くれ、喉が焼けるようや」
荷物を下ろしながら、土間にしゃがみこんでしまう亭主。
急いで、ひしゃくに水を汲んで持ってくる奥さん。
「んぐ、んぐ・・・ぷはー」

一息ついて、亭主が弁解するには、
「途中でな、チンドンヤが来て、口上を聞きながら、ついていってしもて、こらあかんと思て、 こんどは法華の太鼓がどんつくどんつく聞こえてきたから、またついていってしもて、ほたら、 自転車にぶつかって、乗ってたおばんが飛んで横手の溝にはまって、引っこ抜いて病院に連れて行って、帰ってきたとこや」
「あきれたわ。道草くってるからあかんのや。ほんまにどうしよもないひとやで」
「ああ、疲れたぁ」

「あんな、お疲れのところすんませんけど、この箒(ほうき)をつるす、釘を打っておくれやす」
と奥さんは瓦釘(八寸釘)と金槌を渡し、近所のあいさつ回りに出て行ってしまいました。

亭主はにやにやしながら、
「偉そうにしてても、女やのぅ。釘の一本も打てんときた」
釘を手に取ると、土壁に狙いを定めて、軽やかに金槌を振り下ろします。
「お前がわしを小ばかにするんも、今が達者やからこそや。死んでもたら、秋の夜長に目ぇ覚まして「ええ男やったなぁ」と位牌を取り出して、乳の間に挟まれても気持ちええことないわなぁ」
ご機嫌さんで、釘をとうとう全部打ち込んでしまった亭主。
「あちゃー。しゃべってたら打ち込んでしもた。お隣さんとこに釘の先が出てるやろな」

亭主は、おもむろに表に出て
「あのぉ、すみませんが、釘が出てしまへんやろか?」
「はい?」と家の人が出てきました。
「かかぁがね、箒をつるすのに釘を打ってくれといいましてね、偉そうなことを言うても所詮女ですなぁ」
怪訝そうな顔をして亭主の顔を見る、お向かいさん。
「あの、どちらさんで」
「ですから、あたし、お宅の向かいの家に越してきましたもんで、釘をね、壁からこうして、こーんと打ち込んでね」
「あのね、あわててはるのはようわかりましたけど、釘を打ちこまはったんやったら、あんさんのお隣に行かんと。ここはね、お宅からは向かいですから、通り挟んで釘がこっちに出るわけおまへんやろ」
「あー、こらすんまへん。あわててました。お隣ですね、あんさんはお向かい」
「ほんまに、だいじょうぶかいなこの人は」
と、怒って、家に入る向かいの人でした。

気を取り直して、今度こそお隣に向かう亭主
「すみませーん。もしー」
「はい、どちらさん?」
「こんど、隣にひっこしてまいったもんですぅ。すみませんが、釘が出てませんやろか」

要領を得ない顔でお隣さんが玄関を開けて出てきた。
「釘がどないしました?」
「うちのかかぁがね、箒つるすのに釘を打ってくれと、偉そうに言うても、所詮、女ですわ、釘の一本も打てしまへんのですから」
「あの、手短かにお願いします」
「ですからね、箒をつするのに、釘を打って、打ち込んでしもて、お隣さんのどっかに釘の先がでてまへんやろかと思て、尋ねてまいりました次第です」
「釘を?打ち込まはったん?それを早よ言いなはれ。何をしてくれんのやら」
ぶつぶつ口の中で言いながら中にひっこんで、確認しに行くお隣さん。
「ちょっと、どこやわからへんねぇ、あんさん、隣からね、打たはった釘のとこをたたいて、「どこならどこ、ここならここ」と言いなはれ」
「ほな、そうさせてもらいます」
そそくさと、亭主は家に戻って、
「お隣さ~ん、どこならどこぉ、ここならここぉ!」
叫びながら金槌でどんどん壁をたたき回っています。

「今度、越してきたんは、だいぶ、あほやな。言うたまんま言うてるがな」
お隣さんは苦虫を噛み潰したような顔して、仏壇の前を通ると「あっ」と声をあげました。

仏壇の中の阿弥陀さんのすぐ横から釘の先がずぼっと出てるやないですか。
「お~い、お隣のぉ。えらいところから釘の先見つかったでぇ!来てみなはれ」
いそいで、亭主が隣に回ってきてその仏壇を覗きました。
「けったいなとこに、箒をかけはりますねんな」と亭主。
「何言うてんねん、あの釘はあんたが向こうから打ち込んだ釘や」
「困ったな」
「何が困った」
「毎日、ここまで箒を掛けに来ないかん」

とっぺんぱらりのぷぅ
(津軽方面の人は「おしまい」のことをこういうらしいの)