今日の落語は「延陽伯(えんようはく)」です。
「たらちね」とも題されます。

もともと、上方の噺だそうです。
枝雀さんのを聞いて脚色しました。
主人公のヤモメは「辰吉」と仮にしておきます。

昔も今も、男の独りモンは人の値打ちを下げるというか、世間体としてよろしくおませんでした。

この長屋に住まう、男、辰吉(たつきち)も、どこがどうちゅうわけもないんですが、いい年をして独り身でした。

大家のご隠居も、辰吉のことを気にかけておりましたが、これという人がおらず今の今まで、放ったらかしでしたそうな。

ところが、この度、ご隠居の知り合いの漢学者先生の娘御(むすめご)が、奉公先の年季が明けて、そろそろ「ええ人」をと、考えておいでの由(よし)。

ご隠居も、それなら「ええ人がうちの店子(たなこ)におります」と、先生に、つい言うてしもうたわけです。

「ごめんやで。いるかいな?」
立て付けの悪い引き戸をガタガタいわしながら、辰吉の住まいにご隠居が入ってきます。

「これは、これは大家さん。家賃にはまだ早いでっしゃろ。なんです?」
「いや、いや、そやないねん。今日はな、あんたにええ話を持ってきたんや」
綿の出た座布団を辰吉がご隠居にすすめながら
「なんですねん。ええ話て」

「あんたにな、嫁はんの世話をしてやろうと思てな」
信じられんという顔で辰吉がご隠居の顔をのぞき込みます。
「ヨメでっか。こんなわてに来てくれるヨメなんかありまっかいな」
「それがな、目元の涼しい、鼻筋のすっと通った、色白の年の頃は二十二の利発な娘さんなんや」
「そないな別嬪さんが、ワテにぃ。ほんまですかぁ。ワテはかましまへん。よろしおまっせ。いつでも」
鼻息が荒い、辰吉さんです。

「ただな・・・」
急に神妙な顔になる、ご隠居
「この娘さんには、一つだけ瑕(キズ)があるんや」
「やっぱしね。おかしいと思たんや。話がうますぎるもん。あれですか?お茶飲んだら、へそから漏るんちゃいます?」
「あほな、そんなお人がどこにいますかいな。そやないねん。この娘さんは、小さい時分から、お公家はんにご奉公に上がってはって、言葉が少々、丁寧じゃというたわいもない瑕じゃ」
「なにを仰ると思たら・・・。言葉がぞんざいな女子(おなご)はんやったらキズでっしゃろけど、丁寧なんでしょ?キズなことおまへんがな。結構なことですがな」

「おまはんはそう言うかもしれんが、丁寧すぎて、なにを言うてはるんかわからんというのも困ったこっちゃで」
「わからんくらい丁寧なんでっか」
「ああ、こないだも、うちにひょっこりおいでになってな、これは珍しい、どちらにお出かけで?とわたしがたんねた(尋ねた)ら、わらわはこんちょう、たかつがやしろにさんけいなし、まえなるはくしゅばいさてんにやすろう、はるかさいほううをながむれば、むつのかぶとのいただきより、どふうはげしゅうしてしょうしゃがんにゅうす・・てなことを仰ったが、あんたこれわかるか?」

「に、日本の方ですかぁ?」
「いかにも、日本の娘さんじゃ。わからんやろ。さぁ、返事がでけん、返事をせんことには失礼やとわたしも咄嗟に、それはそれは、すたん、ぶびょうでございますなぁ、と、こう言うといた」
「な、なんです?ご隠居はん、やっぱりむつかしこと知ってなはんなぁ。さすがや。で、どういう意味でんね」
「ははは、意味はない。しゃあないから「箪笥」と「屏風」を逆さに言うたまでのこと」
「わてなら、こう言いますな、かんやだんぶつのぎなり、と」
「どういうこっちゃ?」
「薬缶と仏壇をひっくり返しましてん」

「むちゃくちゃやな。これも後で考えたらわからんこともないこっちゃった。娘さんが言わはることには、わらわ今朝、高津が社に参詣なしとは、じぶんは、けさ、高津(こおづ)のお宮さんに参ってきたと、こう仰るんじゃ。あの前で「しろざけ」売ってる茶店がある。向こうのしょうぎに腰を下ろして「遙か西方」を眺めたら、「むつのかぶと」とは六甲山のことやから、その頂(いただき)、つまり頂上から砂埃まじりの強い風が吹いてきて、小さい砂粒が目に入ったから「小砂、眼入す」や」

「ま、なんですね。それだけのことでしょ。おへそからお茶が漏らしまへんのやったら、わて、かましまへん。もらいまひょ。その別嬪さん、おくれ」
「おくれちゅうやつがあるかいな。猫の子やあらへんね。ま、気に入ってくれたんやったら、早速、今晩でも連れて来よ」
「うは。今晩ですかぁ」
でれぇと辰吉が頭をかく。

「おまはん、風呂行って、きれいにして、ここも掃除しときなはれや。汚いときらわれまっせ」
「へいへい、わかってま。ぴっかぴかに男前を上げてきまっさ。ひとつよろしゅう頼んます」

「さぁ、さぁ、忙しなるでぇ。今晩、うちに嫁はんが来んねんよぉ」
辰吉は、浮足立って、心ここにあらずという風情。
「風呂行くのに、手ぬぐいはあるんやけど、シャボンがあらへんな。風呂なんちゅうもんは盆と正月より行ってへんよって、シャボンなんて洒落たもんあらへんわい」
ぶつぶつ言うてます。
「シャボンなんかない昔から、男前は糠袋(ぬかぶくろ)てなこと言うしなぁ。なんか糠袋の代わりになるもんはないかいな。おっ、あった、あった、これどうや」
辰吉は、ご隠居がひいてた綿の出た座布団を見つけると、中身の綿をごっそり出してしもて、皮だけにして、それを米屋に持って行きよりましたよ。

「おうい。すんまへんけど、ここに糠を詰めてもらえんやろか」
「へぇ?ここにぃ?どないしまんね、そんなよおさん(たくさん)」
と米屋の若旦那。
座布団の側(がわ)ですから、糠が入る入る。一斗五升も入ってしまいました。
それを、よいしょと辰吉は担ぎ上げ、大黒さんよろしく、風呂屋へ向かいましたよ。

「よっとこらさの、よいこらさ。今晩ん~、うちにヨメはんが来るぅ~」
けったいな歌を歌いながら道を急ぐ辰吉です。
風呂屋の番台で、
「風呂銭、なんぼでっか?」
「ここんとこ、ちょっとも上がってしまへん。前とおんなじや」
「そらね、いつもと同じでしょうがね。今日はヘソから上は入らんので、負けてえな」
「おかしな、値切り方をしよんな。ヘソから上て、そんなことワテがいちいちこっから見てられまっかいな。あ。今、ヘソから上、入った、割増や・・・て、そんなアホなことできまっかいな。もし、あんさん、その荷物どうしまんね。荷物やったら番台で預かりまっせ」
「あ、これ?これは、わたいの糠袋」
「へぇ?ヌカブクロ?それがぁ?おっきな糠袋でんな。まるで大黒さんや」

呆れてみている番台の主人。

「この着物あんばい見といてや。今晩、花婿の祝言衣装になんねんで。取られたら承知せんで。ほんまに」
「誰が、盗んね。そんなくたびれたボロ」と、客。
「やかましわ。うわ」

浴場に足を踏み入れた辰吉は、絶句します。
「ぎょーさん(たくさん)入っとるなぁ。なるほどねぇ、今晩はあっちこっちで婚礼があるとみえる」

人をかき分けかき分け、辰吉が奥へ進みます。
「はい、のいておくれやっしゃ。のいとくなはれ。せぇの」
どっぼ~ん!
「ちょ、ちょっと、待っとくなはれ。子どもを入れんねんやったら、もっとあんじょういれたってぇな。乱暴な」湯船で浸かっているおっちゃんが真っ赤になって怒ってます。
「え?どっか子どもが入りましたかぁ」と辰吉。
「入りましたかって、今、ドボーンと飛び込みましたで」
「あ、これ?これはわたいの糠袋でんがな」
大きな、座布団の糠袋が湯船に浮き沈みしてます。

「今晩、うちへヨメはんが来るぅ。はぁ、めでたいなぁ。めでたいなったら、めでたいな。あんたの頭は平たいな。ばしっ」
「痛いな。おい」
「こら、すんまへん」
「いきなり、後ろから、人の頭をはたいてからに。何しなはんね」
「これは、しつれいおば。ときにあんさん、ヨメはんはいはるのん?」
「わたいも、この歳でっさかいに、嬶もいりゃ、息子もいます」
「つかんことお尋ねいたしますが、そのヨメはんが今晩来るっちゅう日の昼間、あっ、あ~」
なんか悶絶している辰吉です。

「ど、どっか悪いんでっか?医者呼びまひょか?」と、湯船の客
「いえ、ご心配には及びません。あのね、実は、今晩、うちにヨメはんが来よりまんね。そのヨメはんがなぁ。お糸ちゅう名前やと思いなはるか、お熊ちゅう名前やと思いなはるか、どない思わはる?」
タッポンと湯船に沈む辰吉。

「おいおい、上げたれ、上げたれ。沈んでしもたで」
ぷはぁ!
「おおきに。死ぬかと思た。あ、わての糠袋がないなぁ。どこいったやろ」
「あんなちっさいもん、そこらへざっと流れてもたんと違いますか」
「いやいや、わてのはそんな小さいもんやおへん。最前、ドボンと放り込んだやつです」
「あれかいな。あれやったら、向こうのお年寄りがよいしょよいしょと引っ張って持って行かはりましたで」
「えーっ。あれか。あんなとことで爺さんが引っ張ってけつかる。どんならんな。お~い、じいさん。それ、わたいの糠袋だっせ」

「なんじゃい、あんたの糠袋?これ?わてはいつから風呂屋に薬湯ができたんかと思うて、二三日(にさんち)前から腰が痛うて、今、お尻に当てて温めてるとこや」
「ちょっとやめてぇな。爺ちゃんの汚いお尻を当てんといて。わたいこれからそれで顔を洗わなならんねん。こっちかして、こっち」
「ほうか、そら、すんまへんね。どっこらしょ」
「どんならんな。さてと、よっこらさのしょっと」

辰吉は、お湯を吸って重うなった糠袋を引っ張ってきましたよ。
何しろこんな大きな糠袋でっさかい、手に持って体をこするっちゅうわけにはいかしまへん。
しゃあないから、辰吉は体のほうから糠袋に擦りつけています。
「しゅっ、しゅっ、ほれ、しゅっ、しゅっ、しゅっ」
さてさて、そこらじゅう、糠だらけにして風呂から帰ってきましたよ。

帰ってくるなり、掃除や、掃除をせんならんとばかりに、バタバタと手当たり次第に片付け始めました。
アホのすることは、どうにもなりませんね。
掃除してから風呂へ行きゃよかったのに、また、体中すすだらけにして、真っ黒ですわ。

「さあ、風呂にもいたし、掃除もでけた。他にすることはないかいな。そやそや、茶ァ沸かしとこ。ヨメはんが来て、茶ァもないほどビンボなんかと思われたら、さいならされるからね」
茶を沸かすのにかんてき(七輪)を土間に持ってきて、カラケシ(消し炭)入れて、炭入れて、ぱたぱたと破れたうちわであおいで火を熾そうとします。
「ありがたいこっちゃね。ヨメはんが来たら、明日からヤモメやないんやで。この長屋くらいヤモメ使いの荒いところもないからなぁ」
あおぎながら辰吉はしみじみ言います。
「ヤモメはわたい一人やから、みな、所帯持ちやさかい、何や言うたらヤモメ、ヤモメと用事を言いつけよる。表のドブ板、割れてまっせ、ヤモメに言うて直させぇ。井戸のつるべが盗まれた、ヤモメが売ってまいよったんや。今年の夏はアブラムシが少ないね、ヤモメが食てまいよったんやと無茶言うんや。えげつないで」

「せやけど、明日からは違うで。もうヤモメやないから、言われへんで。ヨメはん、飯食うときも差し向かいや。うれしなぁ。今まで、ひとりモソモソ食うてたけど、白い細い手ぇで、おかわりいれましょか?てな具合」

「今までみたいに普通の茶碗でナニしてたら亭主らしない。すり鉢くらいの大きな茶碗を誂えて、箸屋の看板にあるような太い箸をば、譲ってもろて。とにかく大きなかったらいかんわな。そこいくっちゅうと、ヨメはんのは京都の清水焼の朝顔形(あさがおなり)の薄手のかいらしいお茶碗で、象牙のお箸で銀の股引(ももひき)履いてるというようなね、茶碗にあたってチンチロリンとええ音がすんね」
辰吉の妄想が広がります。

「チンチロリン。わては、亭主らしく茶漬けでもガサガサッと食わないかん。ヨメはんは漬けもん一切れ食うのでもかいらしい前歯でポリポリポリ・・・わては、バリバリバリ」
ぱたぱたボロ団扇ではたきながら、興に乗ってきました。

「わてが茶漬けをガーサガサ、ヨメの茶碗がチンチロリン。わてがこーこ(沢庵)をバーリバリ、ヨメが前歯でポーリポリ。チンチロリンのガーサガサ、バーリバリのポーリポリ、チンチロリンのガーサガサ、バーリバリのポーリポリ・・・」
と大声で踊りだす始末。

「うるさいな、ヤモメは。ちょっと宗助はん!そうすけはーん!ヤモメんとこ行って文句言うてやってぇな。チンチロリンやらボリバリ、うるそうてかなん。寝かしつけた子どもが起きてもたがな」
「どんならんな。あのガキ。こらぁ、ヤモメぇ。静かにせぇ。子どもが起きてしまうがな」
壁越しに怒鳴られる辰吉です。

「ああこら、すんまへん。赤ん坊が寝かかってたか。悪い子としたな。そやけど、ヨメはんもろたら、わいにも子どもができるわな。ありがたいなぁ。一人でも多いほうがええな。ちさい(小さい)間は手もかかるやろけど、二つ、三つになって、ものでも言い出すころにはたまらんなぁ」

「たまの休みには、皆揃うて、子供つれて歩くんや。おとうちゃぁん言うて甘えてきてな。何や坊主ちゅうたら、よいよいよい言うてな、よいよいよいちゅうたら、ヨメはんもちゃっちゃっちゃ言うてな、子どもも喜んでイテコノサて言うね。よいよいよいのちゃっちゃっちゃ、イテコノサのよいよいよい、ちゃっちゃっちゃのイテコノサ、よいよいよいのちゃっちゃっちゃ!」

「そうすけはーん!何とかしなはれぇ!ぼりぼりバリバリが終わったかと思たら、チャッチャカチャッチャカ言うてはりまっせ。だれかおれへんのかいな」
表に出てみると、井戸の周りで辰吉が半裸で踊ってます。

「みんな、出てきて見てみぃ。ヤモメが踊っとるぞ」
「なんや、なんや」
「うあぁ」
どぼん
辰吉が井戸に落ちてしまいました。
幸い、浅い井戸やったんで大事には至りませんでした。
日も暮れて、わあわあ言うておりますところへ、ご隠居さんがきれいなお嬢さんを連れて辰吉の住まいに参りました。


(続く)