五月の連休も明けた頃から、マリアの表情が暗くなった。
学校の勉強についていけないらしいことや、友達ができないことなどが原因にあるんじゃないかと、ぼくは思っていた。
マリアを含め、日系のブラジル人生徒は、特別に日本語の授業を受けてもいた。

マリアの体操着姿は、それはもう、男子生徒の垂涎の的となっていた。
ぼくは、そんなマリアが痛ましかった。
「マリアをオカズに、シコっているやつばかりだ・・・」
ぼくは自分のことを棚に上げて、心の中ではそう思っていた。

クラスの女子はマリアに、あまり好意的ではないように見えた。
本学のブラジル系の生徒は一年生だけで十一人だったが、その中で女子はマリアとフランシスカの二人だった。
フランシスカは別の小学校からやってきて、隣の三組にいる女子だった。
この子はマリアと比べると小柄で、ぽっちゃりした感じだったが、ぼくは話したことがなかった。
最近のマリアは、フランシスカと一緒に居ることが多かった。
ぼくも、あまりマリアと親しくするのは、他の男子の目もあって遠慮がちだったけれど。

結局、ぼくは将棋部に入部することになった。
将棋は小さい頃から、お祖父ちゃんから教わっていて、そこそこ自信があったからだ。
サッカー部は、やっぱりやめにした。
ブラジル系の子らがみんな入ってしまい、ぼくなんか到底レギュラーになれっこないと思ったから。
篠崎健一は志望どおり、野球部に入り、声を枯らせながら夕方遅くまでボール拾いをさせられているのを、ぼくも見ていた。
マリアとフランシスカはというと部活動には入らなかったみたいだ。
部活は強制ではないので、それはそれで構わないのだった。

初めての定期試験、つまり中間考査が終わり、数学で散々の点数を取ったぼくは、お先真っ暗という感じだった。
それはマリアも同じで、英語もよくなかったらしい。
だいたい、日本語での問題文が彼女には理解できにくい事情があったのだ。
ぼくが言うのもなんだが、マリアは、けっして頭の悪い子ではないのだ。
「ハァ・・ドウシマショ。コォンナテンスウジャ、ママニ、シカラレルヨォ」
帰りがけにマリアが机につっぷして嘆いている。
「しょげんなよ、マリア。ぼくも似たようなもんさ」
「ソウ?」
ぱっと明るい表情を見せてくれた。
「帰ろう」
「ウン」
教室にはぼくらだけだった。
帰り道は、田んぼの中をとぼとぼと歩かなくてはならない。
マリアとは、最近一緒に帰っていなかった。
詰襟では、もう暑い季節で、ぼくはそれを脱いで、ワイシャツだけになって、上着の方を肩にかけて歩いていた。
マリアも暑そうだった。
彼女の汗の匂いが、ぼくの勃起を誘う。
「なあ、マリア」
「ドシタ?ヤマシタくん」
「マリアは好きな人とかいるのか?」
「エエ~ッ、イナイヨォ」
「いいなって思う人もいないの?」
「イナイ・・・ワケジャナイケド・・」
いるんだ・・・ぼくは、すこし嫉妬した。
「そっか・・・」
「ナンデ訊く?ソンナコト」
ぼくは、やけになって、
「ぼくは、マリアが好きだからさ」
「エヘッ」
咳き込むような声を出し、立ち止まった。
「ワタシモ、ヤマシタくん、スキヨ」
「ほんと?」
「ホント」
しばらく沈黙が続いた。
日がずいぶん傾き、二人の影が道に伸びる。
物陰には闇が迫ろうとしていた。
鎮守様の森にさしかかったとき、ぼくはマリアの手を取った。
「あっ」
そして、背の高いマリアを伴って、鎮守様の境内に侵入していった。
もう、かなり暗くなっていた。
マリアの白い歯と白いタイだけが見えた。
ぼくは彼女に向き合い、ちょっと背伸びをして唇を奪った。
マリアは上からかぶさるように、ぼくに合わせて唇を当ててくれる。
あむ・・・
マリアのキスは濃厚で、舌を絡めるものだった。
学生服のズボンを突き破らんばかりに分身が起ちあがる。

ぼくは自分が小さい分、つぶれそうになりながら、マリアの熱い接吻を受けた。
倒れそうになるぼくを、マリアがやさしく支えて抱きかかえるようにし、さらに舌を入れて、ぼくの口の中をなめつくした。
他人の味を初めて味わいながら、その熱く甘い吐息を吸い込んだ。
ぼくは、あの夢を思い出していた。

はふぅ・・・長い口づけが終わった。
「マリア・・・」
「カズト・・・」
ぼくの名を呼んでくれた。
「マリア、ありがとう」
「ワタシモ、アリガト」
「マリアはキスがじょうずだね」
「ハジメテヨ。デモ映画トカデコウイウノ、シテタ」
「どんな映画、見てんだよ」
ぼくは、少し平常心に戻ってきた。
「カエロ」
「うん」
もうあたりは真っ暗で、鼻をつままれてもわかりゃしない。
一人なら薄気味悪くて、ぜったい来ない場所だった。
通りに出ると、街灯が点き始め、ぼくらは手をつないで家路を急いだ。
帰り着いても、ぼくは激しく勃起しており、痛いくらいだった。
ぼくはすぐに自分の部屋にこもり、思う存分、分身をしごいた。
「マリアぁ・・・」
大きな白い塊を噴き上げ、ぼくはなんとか自己を制御しえたのだった。