国道十六号線をおれは愛車ダイハツ「MOVE」を飛ばしていた。
「ねえ、車、変えたの?」
目の覚めるようなルージュの唇を開いて訊く智里は、すごく大人びて見えた。
「あ、ああ。前のレガシィは廃車にした」
「ふうん…アシがつくから?」
どこでそんな言葉を覚えたんだか。
「まあな」
「でも、ちっちゃい車ね」
「学生だからな。新車は買えないさ。軽のセコハンが関の山さ」
「セコハンって?」
「セカンドハンド。つまり中古車」
「あ、海だ」
「聞いてないのかよ…」
無邪気なもんだ。
逃げようと思えば、逃げられるのに。
交番に飛び込めば、親のところに帰れるのに。
誘拐しておきながら、おれは智里の心境がわからなくなっていた。

新富運河のほうに折れて「ふれあい公園」に向かった。
「千葉県なんだ…」
「今、気がついたのかい?」
「ううん。さっきの道路標示に富津市ってあったから」
「智里は、あきる野市だったね」
「遠いところまで連れてこられちゃったな」
そう言って、ぺろっと舌を出した。
「あたしね、海を見たかったんだ」
「富津岬に行こうか」
「うん」

GWということもあって、富津岬に近づく県道で混みだした。
「すごい車だな…」
「いいお天気だもの。明日から雨だってよ」
カーラジオが天気予報を伝えていた。
「なあ、智里は家に帰りたいって言わなくなったな」
「うん、いつか帰れるんでしょ?」
「ああ、いつかな」
「じゃあいい。お兄さんと一緒に、こうやっていたいの」
「学校も行けないぜ」
「学校、嫌いだもん」
そういってふくれっ面するところが愛らしい。
AKB48のメンバーだと言っても通用するんじゃないか?

ようやく富津岬の駐車場にたどりついた。
途中のコンビニでパンやお菓子、飲み物を仕入れてきたんで、お昼にした。
「きれいな青…」
海をながめる少女は美しい。
おれは、なんという悪いやつなんだろう。
こんないたいけな少女を連れ去るなんて…
もう一人のおれが咎めた。
サングラスも彼女が通販で買ったと言っていた。
「一度、サングラスをして街を歩きたかったの」
彼女の顔には少し大きいのではないかと思えるが、なんのそのだった。
キャップを目深に被っているので、もはや行方不明の少女とはだれも気づくはずもなかった。

車の中で自然に智里の肩を抱いた。
そういう雰囲気だった。
智里がおれの肩に首をもたせかける。

そろそろ帰るか…
智里は寝てしまっていた。
膨らみかけた胸が、規則正しく上下している。
ミントグリーンのトレーナーはおれが選んでやったものだった。

千葉市に入る頃、夕方になってしまった。
東京湾に夕日が沈む。

ラブホテルのネオンが見えたけれど、おれには入る勇気がなかった。
童貞のおれは、そういう施設に縁のない二十歳(はたち)だった。
これまで女に愛されたこともない。
これからもなさそうだ。
でも、おれは智里を手に入れた。
そう、手に入れたんだ。
静かな寝息を立てている助手席の智里を見て、おれは満足だった。