片麻痺の旦那が、とにかく引きこもりがちだ。
何にもやりたがらない。
リハビリも体調が悪いと言っては休む。

あたしもいけないのだ。
彼に甘いから、尻を叩かない。
「障害者だから」という憐れみもあるだろう。

とかく、簡単なことさえも先送りしがちだ。
「明日買い物に行こう」といっても、当日の朝、雨が降っていたりしたら「また今度」となってしまう。

私見だけれど「ひきこもり」や「ゴミ屋敷」という病態は、こういった先送り習慣が原因なのではなかろうか?
旦那は漢方外来にも受診していて、気分がすぐれないときに「抑肝散」とか「香蘇散」なんてのを処方されている。
しかし、その漢方薬でさえ、三日坊主で飲まなくなってしまう。
先生からは、「信じて飲んでもらわんと、効くもんも効かへん」とたしなめられる。
プラセボ(偽薬)効果という例を持ち出して説明してくださる。
「メリケン粉でも信じれば特効薬になるんだよ」ってね。

三日坊主という病態は、誰にでもあると思うんだけれど、突き詰めれば「ストレス耐性」に尽きるんじゃないかと、あたしなんかは思うわけ。
人生も五十年をすぎると、人に教えられなくても、そういう一家言ができてしまう。
若い頃は不安ばかりで、嫌なことから逃げて過ごしたけれど、年が行けば図太さがでる。
ストレスに強くなったわけだ。

旦那の漢方薬も実は薬効などはあるかないかわからないような弱いクスリなんですよ。
先生はそれを「続けて飲む」ことができるかを問うているんです。
すぐに「めんどくさい」、「まずい」とか言って飲まなくなる旦那は三日坊主に陥る。
この僅かな「いやなこと」を克服する心を作る、小さなハードルを越える経験値を積む訓練が、この場合「漢方薬を続けて飲む」という行為なんだなと、あたしは気づきました。
漢方薬のグレードによってハードルの高さが違うんだと思うわ。
そのハードルを越えて「習慣」になればしめたもので、つまり漢方薬を飲む「ストレス耐性」を身につけたということになるんだと思う。
漢方医はそういうことを患者に強いて、弱い心から来る病気を克服する自分を作り上げる手助けをしてくださっているのだ。

あたしは浄土真宗の信者ですけれども、この教えにもよく似たものがあります。
浄土真宗は易行の仏教だといいます。
つまり「南無阿弥陀仏」というたった六文字の言葉を唱えるだけで死ねば極楽に行けると説くからです。
たしかに「たやすい」行ですね。
でもね、やってみるとわかりますが、三日坊主になるんですよ。
信心が足りないと言えばそうなんだろうけれど、親鸞はやはり三日坊主になる自分の心に克てと教えているんだと思います。
こんな簡単なことが毎日の習慣にならない者が、何をやってもうまくいくはずがない。
漢方薬じゃないですが、「信じて念じない」人には効かない。

司法書士の勉強をしていた十年以上前のあたしも、講師から「ただひたすら私の教科書を読め、書け」と言われ、「余計な勉強はするな」とも言われました。
つまり講師の自分を信じてほしいと言うのです。
あたしは、最初は半信半疑だった。
でも、ここは初心者なのだから先生を信じてみようと単純に思えたし、模擬テストも、右肩上がりに上がった。
とはいえ、本試験に何度も落ちると、先生を疑いだし、自分も信じてあげられなくなる。
その悪循環から出られなくなって、あたしは諦めた経験があります。

克己(こっき)という言葉があります。
自分に勝つという意味です。
アスリートなら、説明の必要もありますまい。
勝負事でも、相手に勝つんじゃなくって、自分に負けないことこそが大事なんだということです。
それは本番の試合ではなく、日々の練習のときに辛い思いをし、何度も諦めようとする自分の弱い心に勝つことを意味するものだと。

さて、旦那は引きこもりがちになって、悲観的になり、あたしに対しても被害妄想がひどくなって辛く当たります。
これではいかんな…
あたしも彼が障害を負ったときに「これからどうして生活していこうか」と、何するにも嫌になった時期がありました。
お風呂に入れるストレス、食事、排便、いかなることもストレスになるんです。
それでも二年、三年、今年で六年目になり、あたしのほうはハードルを越えたのか、さしてストレスに感じなくなっていることに気付かされます。
習慣になっているんです。

生活習慣病というのも克己で乗り切ることができるようです。
世の中のたいていの悩み、苦しみ、病(やまい)は克己で解決できそうです。
そうすれば、引きこもらずに、ゴミ屋敷にならずに生きていける。
自分の中のハードルを越えて、それが「なんだそんなことか」と思える自分に成長したい。
嫌なことから逃げずに、正面切ってでもいいし、迂回路を探してでもいいから、目標に到達したい。

先延ばしの心に勝つにはそれしかないんですね。
死期が迫っている人にはとくに、思い立ったが吉日の精神で、今すぐやってください。
明日はないと思ってね。