今年も正倉院展が始まりました。
あたしも三十年ほど前には四年くらい続けて観に行ったものです。
奈良ですから、近いのです。

今日のEテレ「日曜美術館」も恒例の正倉院展をトピックしました。

ああいった、古いものを保管するには低酸素状態にして酸化を防ぐのが良いそうです。
『天使と悪魔』という映画でもヴァチカン宮殿の資料館は「低酸素状態」を作る密閉空間で、主人公が停電で閉じ込められ、あわや窒息死というピンチに見舞われます。

今回の正倉院展で展示されるものの中に金属塊があります。
銀色のそれはアンチモンだといいます。

奈良時代より前の青銅器は、輸入青銅器を鋳潰して原料にしていました。
だから中国製の青銅器と同じ成分なんです。
中国の青銅器は銅とスズの合金でした。
鉛を含むか含まないかという違いはあったにせよ、ほぼ必ずスズは含まれていました。

奈良時代になると日本でも和銅といって、銅を産出する鉱山も見つかります。
東大寺大仏の作成ともなると大量の和銅が必要になります。
しかし銅だけでは硬くてもろい金属ですので、加工性が良くない。
大仏は銅だけでできておりましたが、鏡などは青銅を使います。
ですからぜひともスズがほしい。
けれど日本ではスズが見当たらない。
そこでアンチモンが用いられたといいます。
この金属塊の展示物はその証拠だといいます。

日本には富本銭(ふほんせん)という和同開珎より古い銅銭がありました。
この銅銭を分析するとスズは含まれずアンチモンが含まれていました。
中国産青銅ではありえない含有率です。
つまり、日本の銅銭製造技師は、スズの代わりに国産のアンチモンを銅の合金材料に配合することで、加工しやすくしたわけです。

今の鋳物工業において青銅製品の製作ではアンチモンは使われません。
なぜなら、いつごろからかアンチモンを銅の合金にするとろくなものができないと信じられていたからです。
ところが実際に富本銭を模造してみる実験考古学では、アンチモン配合で見事な加工性を見せたのでした。
やってみるものですね。

奈良時代の日本人は、スズの代替として入手可能なアンチモンを用い、良質な青銅を独自に開発していたのです。

アンチモン(Sb)は輝安鉱という鉱物で産出し、中国ではスズと一緒に産出するので、スズと混同されることもありました。
輝安鉱はきれいな結晶で、あまりにも美しいから古代より珍重され、ヨーロッパでは錬金術師の垂涎の的でした。
成分は硫化アンチモン(Sb2S3)で、酸化アンチモンの親戚みたいなものです。
愛媛県の市之川の鉱山で産する輝安鉱の美しさは世界でも類を見ないもので、鉱物標本の目的でたくさん輸出されました。

すると、正倉院の展示物である「金属塊」に見えるものは「輝安鉱」だと推測されます。
いやぁ、この目で見てみたい。