夕照に伸びる影を追いながら「アングラ・ベース」に足を向ける。

酒場は、今宵も盛況だった。
男たちは、額に汗をにじませながら海と空のロマンについて熱く語っている。
私は末席に腰かけると、「長官」に「マッカランのロック」と注文をつけた。
「何かいいことでもあったのかい?ノーベンバーワン」
「今日、みすずの検査結果が出てね、ガンじゃなかったの」
「ほぉ…あんたの猫ちゃんだね」

あたしの飼い猫「みすず」の小腸付近に肥厚があり、それを生検に出した結果が獣医より知らされたのだった。

「だから、祝杯」
「じゃあ、これはわたしからも、お祝いだ」
そういって長官が「マッカラン12年」の一杯をサービスしてくれた。

「今ね、『鷲は舞い降りた』を読み始めてるの」
「ヒギンズの名作だ」

先客の三人の男性は、四十代で軍属のようだった。
「B-17は英軍には不人気だったよな」
「コンソリデーティッドのリベレーター(B-24のこと)にはかなわないぜ」
「B-17は足が短いんだよな」
「そうだ」
「リベレーターは肩翼なんで安定がいいんだよ」
「もとはグライダーの機体だったんだぜ」
「ほう」
「コンソリ社はカタリナ(PBY飛行艇)で成功した。あれもパラシュート翼(高翼)で安定した機体だったんだ」
「なるほど」

私も航空機には目がないんで、ついつい耳がそちらに向いてしまう。
コンソリデーティッド社はアメリカの航空機メーカーで、のちのコンベア社となり、ついにはロッキード・マーチン社に吸収されてしまった。
話題のB-24(愛称:リベレーター)は四発重爆で、デービス翼という分厚い翼が特徴でこの中に燃料タンクを装備して航続距離を稼いでいた。
同じ四発重爆のボーイングB-17 より不格好に見えるが、英国空軍には受けが良かった。
なによりドーバーを越えてドイツ領に侵入し爆撃を加えて帰ってくるのにはB-17では限られた範囲しか作戦を立てられなかったのだ。
B-24の爆弾倉は大きく、かなりの搭載量が見込めた。
ただB-17より高高度性能が劣り、低い高度での任務に就くことを余儀なくされた。
だからイギリス国産のアブロ・ランカスター爆撃機のほうが、数量的にも安定していて、ドレスデン爆撃にはランカスター爆撃機が使われた。
アメリカ軍によるドイツ空爆にはB-17が性能アップして用いられたのと対照的かもしない。

『鷲は舞い降りた』や『エニグマ奇襲指令』を読んでいるからか、ドイツ軍とイギリス軍の情景に入り込みやすくなっていた。
イギリス軍の電波技術は枢軸国やアメリカをも凌駕していたのではなかろうか?
レーダーや電波航法は夜間爆撃には欠かせない技術革新であり、日本などはこの方面に立ち遅れていたので、ミッドウェー作戦など多くの作戦で不利益を被った。
英軍のヒュー・ダウジング空軍少将はレーダーや電波利用に明るく、バトル・オブ・ブリテンを有利に戦えたのはこういった先端技術の採用も一因だったろう。
ダウジングシステムという長波長ラジオ波をつかった防空監視システムも功を奏したという。
またランカスター爆撃機の話題が出たので、触れておくが、この四発重爆にはH2Sとモニカというレーダーが装備されていた。
H2Sは夜間の地形把握に有効とみられ、「フィッシュポンドシステム」と併せてもちいると敵機の来襲を画面でモニタリングできたらしい。
モニカも後方監視レーダーで、ドイツ領から発せられるドイツ空軍機用のビーコン電波を誤認することもあり、なかなか使い方はやっかいだったみたいである。
イギリス空軍の電波航法で有名なものがGEE(ジー)とOboe(オーボエ)という電波誘導システムである。
これらもランカスター爆撃機に搭載されていた。

男たちの話題は、いつしかミサイル迎撃システムに移っていた。
私は、二杯目にキープしてある「カナディアンクラブ」をソーダ割にしたものを注文した。

Zulu(ズールー)がドアを押し開いて入ってきた。
黒人の彼が店に入ると、もう空間は満杯だった。
「やあノーベンバーワン」
「ハイ、ズールー」
この人は、黒人なのに演歌が大好きな変わった趣味があった。
そういう演歌歌手もいたっけ…
「なに読んでるの」
「これよ」
私は表紙を彼に向けた。
「ヒギンズかぁ、オレ、まだ読んでないや」
「モグリね」
「ノーベンバーだって、今、読んでるじゃん」
「まあね」
「チーフコマンダー(司令長官)、ワイルドターキーをトワイスアップで」
「あいあいさー」

今宵も更けていくのであった。