石本師の下で働くようになって一月以上が経った。
親には落ち着き先が決まったことも知らせ、「こちらは順調だ」と書いて安心させた。
電話は里心がつくと師がいい、ここの電話番号を親に教えてはならないことになっている。

師に寝床を襲われるということはなかった。
あの日からぴたりと、おれと性的な関りを師は持とうとしなかった。
あのことは、おれを試したのだと思うようにした。
そいうことは昔からこの世界ではありがちなことなのだと。

「おい、しん」
「へい」おれは師に「しん」と呼ばれていた。
「この面(おもて)を北山の是枝(これえだ)様の奥様に届けてくれるか?」
そう言って、石本師は桐箱に紫の房付き組みひもを掛けたものをおれの前に押し出した。
「これは…」
「天狗や」
「地図かなにかありますか?」
「これでええかな。わかるやろ。北山通の玄以(げんい)町や」
「わかると思います」
「是枝の奥様たってのご注文や。小股の切れ上がった別嬪さんやで」
師はおれに嫌らしい目で言うのである。
こんな天狗面を注文する女など、ろくな女ではないはずだ。
おれは内心、そのまだ見ぬ女を蔑んだ。

おれは作務衣のまま使いに出た。
初夏である。
新緑がまぶしい。
おれは市バスに乗って、北山通に向かった。

玄以町は「お屋敷」が多い。
どの邸宅もうっそうとした植栽にかくれていて、その古さを感じる。
是枝家はすぐに見つけられた。
是枝家は、かつては東宮侍従を歴任していた名家であり、今回、お届けする面の受取人の秀子様が当主だそうだ。
石本師によれば「未亡人」だそうで、入り婿だった夫に先立たれて、寂しい思いをされているということだった。
「それで天狗面を…」おれは想像をたくましくして、呼び鈴を押した。
しばらくしてつっかけの音がして、四十くらいの清楚な奥方が出てこられた。
「石本さんのお使いの方?」
「はい。これを届けるようにと」
一瞬、顔を赤らめたように見えた。
「こちらにどうぞ」
飛び石を歩いて、金雀枝(えにしだ)の茂みに半ば隠れた玄関に導かれた。
しんと静まり返り、街中とは思えない空間だった。
「こちらにいらして」
夫人は、玄関にいざなった。
「おじゃまします」
薄暗いが、黒御影石を敷いた三和土は重厚で、自然木を生かした柱も艶やかに趣味の良さを演出していた。
おれは包みを抱えて、立ちすくみ、奥様はそれを見て、
「どうしたの?お上がりなさいな」
「は、はぁ」
「あなたは、その箱の中身はご存じなのかしら?」
知っている…しかしどう返事をしてよいやら…
「知っているのね」
おれは、奥様に魔法にかけられたように幽鬼のごとく後ろについていった。
あまり記憶にないのだ。
長い廊下を歩き、池のある庭を見ながら、ガラスの多く嵌った引き戸の続く縁側を歩いた。
晴れているはずなのに、屋敷は薄暗かった。
闇が支配しているような場所だった。
「入って」
和室に招じ入れられた。
中には、文机と和室には不似合いなシングルベッドが置かれ、窓際には鏡台があり、奥様の部屋であろうことがおれにも想像がついた。
そしてかすかな脂粉の香り…
おれは、一人っ子であり女の部屋なんぞには今の今まで縁がなかった。
母親が化粧などしているのは葬式に出るときくらいで、普段は女であることさえ忘れて生活に追われている感じだったから身近な女の存在など知る由もなかった。
「あの、おれ」
「貸して」
おれは包みを奥様に渡した。
奥様はその包みを持ってベッドサイドに腰かけ、ワンピースの膝の上で風呂敷を解いた。
桐箱があらわれ、紫の房のついた組みひもがたおやかな指で解かれる。
その指先の動きに見入ってしまう。
言葉を失っているおれは、勃起させていた。
瞬時に血液が器官に送り込まれ、はっきりと夏用の綿パンを押し上げる。
桐箱の蓋がとられ、見覚えのある面が奥様の手にあった。
「ふふ、立派ね。どう?」
「え、ああ、すごいです」
「なにがすごいの?言ってみて」
「は、鼻が」
「そうよねぇ。あなたのもこんななの?」
おれのより一回りは大きいと思った。
「あなた、これをどうするのか知っていて?」
「いや、ちょっと」
「知ってるのね。ね、ちょっと遊ばない?」
いたずらっ子のような目で奥様がおれを誘う。
もしかしたら、童貞とおさらばできるかもしれない…
「奥様、ここにはだれもいないのですか?」
「いたらどうなの?」
「いや、やっぱり、こんなこと」
「臆病なのね。かわいいわ、いらっしゃいな」
奥様がおれの手を取ってベッドに引っ張った。
なされるがまま、ふかふかの蒲団の上におれはたおれかかり、奥様の甘い吐息が顔にかかるくらい近づいた。
四十ぐらいと石本師が言っていたが、もっと若く見えた。
お子様がいらっしゃらないからかもしれなかった。
「あなた、お名前は?」
「大杉伸也と言います」
「しんやくん?いい名前ね、私は秀子。秀吉の秀に子よ」
「ひでこ…さん」
「伸也くん、あなた女の人を知ってる?」
「し、知らないです」
「ま、ラッキーだわ。私があなたの童貞をいただけるのね。いや?」
願ったりかなったりである。こんな上品な夫人に手ほどきを受けられるなんて…
おれは、息苦しいくらいに興奮していた。
あそこがはち切れんばかりにカンカンに膨れ上がっていた。
奥様が下で、おれが覆いかぶさるような形になっていた。
未亡人だから、御主人はいないのだ。しかし使用人とかだれかがいるだろう。
「キスしましょ」
なまめかしい、潤んだ目で奥様が誘う。
舌が差し入れられ、口の中をかき回す。
他人の味を初めて感じた。
甘いとも、しょっぱいともつかない、ある種の生き物の味。
ざらりとした奥様の舌先がおれの舌をからめとる。
「あふ」
「む…」
熱い吐息が吹き込まれ、おれの脳天がぶち抜かれた。
おれは奥様を蒲団に押し付け、その豊かな胸に手を伸ばした。
乱暴にワンピースの前ボタンをはずして、白いブラジャーの上からもみしだく。
「ああん、痛いわ。もっと優しくして」
「ご、ごめんなさい」
「焦らなくても、私は逃げたりしないわ。だって私も、したいんだもの」
「そうなんですか?」
間抜けな受け答えをするおれ。
「男のいない毎日だもの、体がうずくのよ。この年頃の女はみんなそうよ」
「はぁ、じゃ、いいんですね」
「いいんだけど、あなたやり方知ってんの?」
「し、知らないです」
「そうよねぇ。女の扱い、なってないもの。いいわ、元気だけちょうだい。あとは私に任せて」
「はい」
おれは、鯱張(しゃっちょこば)って、膝立ちで答えた。
「まず脱ぎましょうよ。このまんまじゃ、なんにもできやしない」
「…」
奥様は、起き上がって、自分で着衣のワンピースを落とし、下着姿を披露してくれた。
おれも、汗染みの浮いたシャツを脱ぎ、勃起が邪魔しているズボンとパンツを思い切って下した。
「まぁ、元気」
目を丸くして、奥様がおれのを見つめる。
鼓動に合わせて首を振る、玩具のような自分自身をおれはさらして立っていた。
それを見ながら奥様はブラを外し、たわわなつんと上を向いた乳房を露(あらわ)にした。
白い肌に、ブラのバンドの跡が赤くなっている。
髪を輪ゴムで後ろに束ねる時、わきの下の黒々とした毛を見て、おれはますます興奮した。
こういうものを目にしたことはなかった。
そして、奥様は最後の砦たるショーツのゴムに手を入れ、一気に下したのだった。

黒々とした下萌えで飾られた女陰があった。
幼いころの母親のものの記憶があったが、今ここにみるそれは、まったく異なる印象だった。
その部分は明らかに男を誘って、そこに存在していた。
「洗ってないから、すこし匂うかもしれないわ」
「おれだって、同じです」
「そのほうが、高まるでしょ?」
「はい」
「動物的で。さ、いらっしゃい、重なろうよ、裕也くん」
おれは、奥様の体によりかかって、ベッドに倒れこんでいった。
勃起が奥様の白い体をつついて、もう漏らしてしまいそうだった。
「硬いのね、すごいわ」
「そうですか」
奥様は遠慮なくおれの高まりに手を伸ばし、握ってきた。
「あ、やばいです」
「え?だめ?」
射精感をうっちゃるために別のことを考えようとした。
しかし、奥様の女の香りが限界を越えさせる。
「あ、秀子さん、おれもう」
奥様の手の中でおれの勃起が弾み、ドバドバと吐いてしまった。
「あらら。あったかい…」
「ごめんなさい。やっちまいました」
「いいのよ、いいの。またできるでしょ?初めてだものね。しかたがないわ。それにしてもすごい量ね、あたしの足までべたべただわ」
見れば、飛び散った精液が奥様の太ももから膝頭にまで汚していた。
チリ紙をもらって、始末し、バツの悪い時間が過ぎた。
奥様はその間に、例の桐箱を持ち出し、天狗面を手に取っていた。
「伸也くんが回復するまで、少し見ていて」
奥様がそういって、面を蒲団の上に置くと、そのそそり立った天狗の鼻にまたがったのだ。
「見える?」
「はい」
おれのより明らかに太い天狗の鼻を、奥様は腰をゆっくり落として、膣から出る粘液で濡らすとぷつりと中に押し込んでしまった。
「はあっ、ああっ」
奥様は天井を向いて、顎を突き出し、吠えるように声を上げ、天狗の面を陰部に押し付ける。
もう鼻はすべて奥様の中に収められていた。
「伸也くん、このお面を下に押さえつけておいて」
「はい」
すると、奥様は腰を上下にうごかして、鼻をあたかもチンポのごとく挿入させて自慰にふけった。
鼻はみるみる泡を噛み、粘液まみれになって鈍く光った。
それを見ていると、おれにも再び力がみなぎってくる。
また、痛いほど硬くなり、勃起が上を向いている。
「秀子さん」
おれは今度こそと押し倒し、天狗を抜いて、代わりに己の勃起をぶち込んだ。
奥様はにやりと笑みを浮かべて、おれにされるがままになっている。
そして、初めての結合を経験した。
奥様の両腕ががっしりをおれの背中を抱き、両足も挟んできた。
そして口を激しく吸いあった。
「いいわ、伸也くんの」
「おれも、気持ちいいっす」
「もっと抱いて」
おれは腰を打ち込みながら、女の体をへし折らんばかりに両腕で締めた。
女の手がおれの後頭部をかきむしる。
おれは、奥様の首筋を舐めまわし、たまねぎのような香りのする腋毛を噛む。
「ああん、はあん」
「ひでこ、ひでこさん」
「ひでこでいいわ」
「ひでこっ!」
おれの硬い器官は杭のように沼地を差し貫いている。
底のない沼は、おれの突きなど気にしていないようだが、しだいに、まとわりつき、ひくひくとおれの形を写し取るように締め付けてくる。
「動いて」
「はい」
おれは天狗の鼻のごとく抜き差ししてやった。
「あひっ、たまんない」
「ああ、締まります」
「締めてるの。わかる?」
「わかりますとも」
「ひさしぶりよ、こんないいおちんこ」
「おれ、幸せっす。こんないいセックス」
「うれしいわ。こんなおばさんに夢中になってくれて」
「おばさんなんかじゃないっすよ。女として最高だと思います」
「ふふ、ああん、また」
感じてくれているように思えた。
幼稚な動きなのに、秀子さんは、精いっぱい感じてくれている。
「今度、私が上になる」
おれたちは、体を入れ替えた。
ベッドが軋む。
勃起に手を添えて、奥様が膣に導く。
「ふうっ、ほんと硬いわぁ」
「天狗のほうがでかいでしょ」
「そんなの、生身のおちんこのほうがいいに決まってるじゃない」
「そんなもんですかね」
「そうよ。あれは代用品よ。あくまでも」
深々と胎内に収めた奥様は、慈母のような笑みを浮かべて、おれの頬を撫でる。
「かわいいわ。弟みたい」
「弟さんいるんですか?」
「いないわ。でもそんな気がするの」
「弟が姉とつながっちゃだめでしょ?」
「いいのよ。そんなの」
「そのほうが燃えますか?」
「姉と弟ってそういう妄想にかられるんじゃないの?」
「おれ一人っ子だったから」
「そうなの。もっと突いて」
「こうですか?」
「ああ、そうよ、もっと」
おれは下から、ベッドの弾みを利用して奥様を突き上げた。
腰が痛くなるくらい。
奥様の汗がおれに降りかかる。
初夏の部屋は二人には暑すぎた。
二人は汗にまみれて、打ち込んだ。
セックスがこんなに気持ちがいいとは…しかし、このまま中に出してしまうといけないのでは?
「ひでこさん、このままだと中に出しちゃいますよ」
「いいわよ。たっぷりちょうだい」
「赤ちゃんができちゃう」
「できないの。私、子宮を手術で取ってしまったから」
「そうなんですか?」
「そうよ、ほらこの傷はその跡」
奥様が指で示したお腹には確かにケロイドになった傷があった。
「逝っていいのよ。私の中で」
「もうすぐ、いきそうです」
奥様がかぶさってきてキスをくれた。
互いに見つめ合いながら、おれは柔らかな乳房を胸に感じ、ガツガツと腰を振り、膨れ上がった勃起を激しく出し入れした。
奥様の顏が般若のように怖くなった。
そうしてしびれるような快感が腰を走り、びくびくと痙攣しながら奥様の中で果てた。
「あ、ああ」
奥様も声を上げて、感じているようだった。
二人は、ぼろ雑巾のようになって、ベッドの上で重なっていた。
天狗の面に見つめられて…