和多田塾頭から、「今日は後藤尚子先生に、スピーチをお願いしております」とご紹介いただいた。
夏の終わりに、小さな科学の話をしてくれというので、十一人の塾生と和多田夫妻を前に、私はいささか緊張して立った。
塾生たちは高校生が3人、中学生が6人、小学六年生が2人という内容だった。
みんな、私とは友達のように話してくれる子たちである。

「今日はね、アルミニウムについてお話しようと思うのね。ここに、一円玉があります。このお金がアルミニウムでできているって、知ってるよね」
みんな、うなずいてくれる。
「この一円玉は、重さがちょうど1グラム、そして直径がちょうど2センチメートルです。これはね、日本の度量衡の基準としての意味もあるらしいので、わざと正確に重さや寸法を設定しているのよ」
「どりょうこうって何ですか?」と中三の鈴木君が質問してきた。
「度量衡っていうのはね、こう書きます」
私は、ホワイトボードに漢字を書いた。
「度は長さを計るものさしの意味があって、モノの長さを表します。量はかさとか容量なの。そして衡(こう)が難しいんだけど、これは天秤で重さを量ることを言うのね。ほら平衡って天秤がバランスをとることを言います。だから度量衡とは物を測る単位とか基準一般をまとめて呼ぶことばなのよ」
鈴木君はわかったのかうなずいた。
「じゃあ、このアルミニウムがナポレオンの時代、といってもナポレオン三世の時代なんだけど、とっても高価な金属で、金や銀よりも重宝されたって知ってる?」
「知らなぁい」高二の佐々木愛(めぐ)がおどけて言う。
「今はお鍋や缶ジュースの入れ物になっているアルミなんだけど、ナポレオン一世の甥っ子のナポレオン三世は、お客を招いた時に、アルミの食器でもてなしたんだよ」
「給食じゃん」とメグ。
「そうだな」と同級の高橋賢人(けんと)。
「普通のどうでもいいお客には銀の食器でお料理を出してね、とびきりのお客にはアルミの食器で出したんだそうよ。それほど、世間ではめずらしい金属だったの」
「ふぅん。アルミがねぇ」
「じゃあなんで、アルミニウムがそんなに当時、高価だったのか、科学史をひもといてみましょう」
私は、ホワイトボードの文字をいったん消して、アルミの歴史と書いた。

「金属にはね、古くから人間に利用されてきたものと、アルミのように、ずいぶん後にならないと発見されなかったものがあります。みんなはどんな金属が古くから使われてきたか、知ってる?鈴木君どう?」
「は、はい。鉄とか…金、銀…銅かな」
「オリンピックのメダルじゃん」
「そうね。オリンピックでメダルになっている三種の金属は、もう古代から使われているし、鉄も同じように、高校生ならヒッタイトという民族が最初に鉄器をもたらしたと習ったでしょう?」
「そうだっけ?」メグがきょとんとしている。
「習ったぜ」賢人がメグに言った。
「金や銀はそのまま自然金とか自然銀として山から産出するもんだから人間の利用も早かったんです。銅も青銅器として日本でも出土しますね。青銅はブロンズとも言って、銅と錫の合金です。砲金ともいって、大砲の筒にも使われました。鋳造しやすく加工がしやすかったからですが、武器としては軟弱だったために鉄器を武器とした民族には青銅器文化の人々は滅ぼされます」
「鉄とか銅はそのままでは出てこないの?」鈴木君が訊きます。
「そうね、砂鉄なんかはそのままで出てきているから、日本の古代の製鉄は砂鉄を主に使っていました。銅も、自然銅として出ます。和銅といって日本産の銅が日本の青銅器文化を作りました。ところでメソポタミアなどの銅鉱山から産出する銅にはすでに錫が含まれて、青銅として産出していました」

「このように昔から人間に利用された金属類はみな、天然のまま金属として産出し、そのまま加工することができたのです。しかしアルミは違いました。アルミニウムという金属元素は地球上に少ないから利用されなかったのでしょうか?」
「もしそうなら、今、アルミ缶なんかで使われないと思う」
「そうだよ」
「ですよね。アルミは実は結構な量で身近に存在します。アルミの普段の姿は石です。これがアルミの鉱物、ボーキサイトです。ボーキサイトは酸化アルミというアルミニウムと酸素が化合したものでできていて、珍しい鉱物ではありません」
私は、図鑑からボーキサイトの写真を開いてみんなに見せた。
「それから、みなさんは、ミョウバンというものを知っていますか?」
「聞いたことあるなぁ」と賢人君。
「売ってるよ。薬局で」中一の沢田れいかちゃんが言った。
「ミョウバンはね、お風呂に入れる「湯の華」の成分だし、ぬか漬けに入れると漬物の色が、とくにおナスの色が良くなるのよ。でね、このミョウバンが実は人間が最も早く利用したアルミニウム化合物だと言われています」
「へぇ」
「草木染の媒染剤といって、色を布に定着させて洗濯しても取れにくくする薬品としてミョウバンが使われたのが最初だと言われています。そのほかにもミョウバンの効果を示す使い方があるようですが、今になって考えるとその媒染剤としての効果もアルミニウムの仕業だったんだね」
私は媒染剤とホワイトボードに書いた。
「ミョウバンを媒染剤に使うという技術が、アルミニウムの発見につながっていくのです。みんなは錬金術師って知ってる?」
「エルリック兄弟」「鋼の錬金術師」と次々に彼らの口から飛び出す。
「そうね。あのアニメは面白いよね。錬金術師は本当にいてね、今はどうか知らないけれど、中世の1500年中ごろから1600年ごろ、日本じゃ戦国時代だね。ヨーロッパでは、そういう人たちが活躍してました」
私は「パラケルスス」と書く。
「この人が、錬金術師の中でもかなり有名な人で、今の化学の基礎を作ったといってもいい人です。謎の多い、詐欺師みたいな人でもあったんだけど、お医者にもなってた。そこそこ認められてスイスの大学で医学を教えるほどだったみたい」
笑いが起こる。
「このパラケルススという舌を噛みそうなおっちゃんが、ミョウバンに興味を持たないはずがない。ミョウバンを調べるうちに、その主成分にアルミナという名前を付けたのよ。ただそれが、今ここにあるアルミニウムという金属だということは、彼も気づいていないの」
私は一円玉をつまんで示した。
「人類は、ミョウバンを焼いたり、酸を加えたり、いろいろして調べたわ。やっと人工的にミョウバンを作ることはできたようだけれど、それだけだったの。長いこと、アルミニウムについて人類が知ったことはなかったわ。やっと1824年になってデンマークの物理学者エルステッドが金属のアルミニウムを取り出すことに成功したと発表したわ」

「どうして、なかなかアルミニウムが見つけられなかったんだろう」と鈴木君がぼそりと言った。
「それはね、とても重要な疑問です。周期表を見てください」
私は教室に貼ってあるメンデレーエフの周期表のところに行った。
「アルミニウムはホウ素族の元素ですね。ここです。ナトリウム、マグネシウムの次がアルミニウムです。高校生の諸君はイオン化傾向を知っていますかね」
「えっとな、「リッチにかそうかなまああてにすんなひどすぎるっしゃっきん(Li,K,Ca,Na,Mg,Al,Zn,Fe,Ni,Sn,Pb,H,Cu,Hg,Ag,Pt,Au)」や」と賢人が、出てきてホワイトボードに書いてくれた。
「よく覚えてたね高橋君」「へへ…」
照れ笑いする賢人は、なかなかのイケメンである。
「賢人が書いてくれたこの元素の列をイオン化傾向といって、こっちのリチウムのほうがイオンになりやすく、金のほうへいくほどイオンになりにくいということを教えてくれます。で中学生以下のみんなには、イオンという言葉が難しいかもですが、金属はイオンになって水に溶けるようになります。また、錆びるのもイオンになっているからなんです。ほら金は錆びないし、水に溶けません。でもリチウムやカリウムは見たことないかもしれないけれど、金属なんだけど、すぐに水と爆発的に反応して光を放って水に溶けます。ユーチューブなんかで実験した映像があるから後で見てごらん」

「つまり、アルミニウムよりこっちリチウムまでの系列は、自然界では金属のままでは存在しえないんです。だいたい塩化物や酸化物として自然界に存在しています。ほらボーキサイトも酸化アルミだと言ったでしょう?」
「そっか」
「でも、酸化物は還元したら金属になるんでしょ?」
とは、滝本圭一君だ。高三でもっとも年かさだけど、就職するのだそうだ。
「さすがね圭一くん。だいたいの金属元素はスウェーデンのシェーレとかイギリスのデーヴィーたちが金属酸化物を還元してその金属単体を得ています。この場合、還元剤として自ら酸化される金属が必要なんだけどイオン化傾向からいって、還元される金属より卑(ひ)な、つまりそれよりイオンになりやすい金属が必要なんですね。すると、イオン化傾向のアルミニウムを見てください。どうです?アルミニウムよりもイオンになりやすい金属ってナトリウムとかカリウムとかカルシウムでしょ?こんな元素の単体の金属って見たことある?」
「なぁい」
「ですよね。でも金属元素である以上、これらも金属の姿をしていますが自然界ではありえません。みんなイオンの形で酸化物とか塩(えん)、もしくはイオンのまま海水などに溶けて存在しています。ナトリウムの有名な塩は?鈴木君」
「塩化ナトリウムです」
「はいご名答。海の中では塩化物イオンとナトリウムイオンで溶けてますね。アルミの話に戻しますが、たくさんあるボーキサイト、酸化アルミですね、これを還元してアルミニウムの金属を取り出すには、このナトリウムとかカリウムの金属を還元剤につかわねばいけません」
「そんなことできるの?」とメグ。
「やったひとがいるの。シェーレとともにたくさんの元素を分離したイギリスのデービーという化学者です。1807年に彼はアルカリ電池を使ってアルミナ(酸化アルミ)の電気分解をして金属のようなものを取り出したんだけどそれはカリウムやナトリウムの合金だったのよ。どうしてもアルミニウムだけを取り出すことができなかったわ」
「電池がもうあったのね」とメグ。
「そうよ。もう電気が研究者の間では盛んに使われだした時代でした」
「いろんなことが急に分かるようになったんだ」と賢人。

「スウェーデンの化学者ベルセリウスが酸化アルミの化学式を間違っていたけれどAlO3と提案したわ。これは別の人によって正しくはAl2O3と正され、ベルセリウスはこの新しい化学式をもとにアルミニウムの原子量、27を計算で出したの」

私は、スピーチでは触れなかったが、フランスの大科学者ラヴォアジェが「アルミナはアルミーヌ(ラヴォアジェのアルミニウムへの命名)の酸化物だが、酸素との結合力が強すぎて簡単には還元されない」と1782年に、すでに推論していたことが、イオン化傾向という考えがなかった時代に、なかなか的を射ているなと思った。
つまり高校生が「化学Ⅰ」でつまづきやすい「酸化数」という考え方はラヴォアジェの考え方だったのだ。
まだイオンとか電荷という考え方が化学に浸透していなかった時代に、酸素との化合、酸化と還元という現象から「酸化数」という指標を人間は手にしたのである。
この歴史を知っていれば、酸化数からイオン化傾向への道筋はけっこう納得のいく話になるのだ。
人間の思索は、このような「経験の積み上げ」で成り立っていて、それは私たちが学問をするときにも参考になるものだ。
天才ラヴォアジェは、政治活動にも首を突っ込み、フランス革命によって王党派の片棒を担いだ廉(かど)で、断頭台(ギロチン)の露と消えたのである。
当時の彼の友人で、有名な数学者で物理学者だったラグランジュは「ラヴォアジェの首を切り落とすのは一瞬だが、彼のような天才の頭脳を再び待つには今後100年では足りないだろう」と嘆いたという。

「金属アルミニウムを最初に得たとされているのが、最初に話したデンマークのエルステッドでした。イギリスのハンフリー・デービーの実験をさらに推し進めてやっと、エルステッドはアルミニウムらしき金属を得たと発表しました。このころデービーはこの金属をアルミナムと表記しており、現在もアルミニウムのことをアルミナムと言いますし、ほら元素周期表ではアルミナムって綴っているでしょう?」
「ほんとだ」
「でもね、エルステッドも自身が得た新金属を、彼は、デービーが言うアルミナムであるとは信じ切っていなかった。やっぱり金属カリウムとの合金ではないかと。なぜなら、この新金属は水と反応して溶けてしまったからです。アルミニウムならそんなことにはならないでしょう?」
「一円玉は水に溶けないよ」
鈴木君が言う。
「エルステッドの時代は、各国の有名な化学者が競ってアルミニウムの単離を目指していました。スウェーデンのベルセリウスもそうだし、ドイツのヴェーラーもそうだった。みんなは聞いたことのない名前かもしれないけれど、いずれの化学者も偉人に名を連ねている人々です」
「じゃあ、ほんとは誰が最初にアルミニウムを手にしたんだろ?」賢人が訊いた。
「ヴェーラーは結局、エルステッドの得た金属が想像通りのアルミニウムとカリウムの合金だったと証明しただけでした。ヴェーラーの実験によってエルステッドがアルミニウムの最初の発見者ではないことが裏付けられたのです」
「じゃあ、だれ?そのヴェーラーなの?」
「いいえ、ヴェーラーも成功しなかったの。結局はね、フランスの化学者サント=クレール・ドピーユがカリウムを使わずにナトリウムを還元剤して塩化アルミニウムを還元することに成功して、アルミニウム棒を得ました。これは1855年パリ万博に出品され「粘土からの銀」と言われ絶賛されました」
「粘土からの銀?」メグが怪訝そうに訊く。
「そうよ。酸化アルミニウムとか塩化アルミニウムという一見、金属というより土のようなものから還元されて輝くばかりの銀のような美しい金属が得られたんですから。だから最初にお話したナポレオン三世が大事なお客をもてなすのにアルミニウムの食器を使ったのよ」
「そっかぁ」
「この化学的な酸化還元法によるアルミニウムの製造方法は、劇的にアルミニウムの地金の価格を下げましたが、品質的には劣っていました。ボーキサイトを原料にしていたのですが、不純物がまだ残っており、品質にばらつきがあったんですね。そこで氷晶石という真っ白な美しいアルミニウムを含む鉱石を原料にしてはどうかとか改良を加えられたのですが、だれも成功しませんでした」
「じゃあ、いまのアルミニウムはどうやって作ってるの?」賢人が質問してきた。
私は、簡単な電気分解炉をホワイトボードに描いた。
「電気分解という技術を使います。フランスのドピーユもこの方法を実験していたんですが、ドイツの大化学者ブンゼンも電気分解を確立しようとしていました。この方法は、氷晶石かボーキサイトから純アルミナ、つまり酸化アルミニウムを取り出して、電気炉で加熱して溶かします。そこに炭素でできた電極を放り込んで電流を流すと、陰極に純度の高いアルミニウムが析出します。これは電気炉で加熱しながら電気分解をするので、陽極を吊り下げ、床に陰極を敷きますので金属アルミは融けた状態で析出して底に溜まりますから、これをサイフォンで外に取り出すのです。簡単に言いましたが、この際に必要な電力は、今でもとんでもない大電力が必要で、ブンゼンやドピーユの時代には望むべくもなかったんです。だから彼らは失敗しました」
「発電所ができてからはうまくいったんですか?」
「交流発電所ができ、三相交流ってわかるかな、みんなのお家は単相交流といって、このようなサインカーブの交流電気が最大値100Vで供給されています」
私はホワイトボードにサインカーブの絵を描く。
「しかし、このように90度ずつ位相を変えて、三種類のサインカーブの交流を流すと大きな電力を供給することができて、そういう技術も確立されてはじめてアルミナの電気分解によるアルミニウムの製造がたやすくできるようになりました。これを発明者の名前を取ってホール・エルー法といいます。ホールはアメリカ人技師、エルーはフランス人技師の名前です」
「もう安心だね」鈴木君が嬉しそうに言う。
「まだまだ。ホール・エルー法は最初、氷晶石という希少なアルミナ純度の高いものを使わないと、純度の高いアルミニウムができなかったんだけど、廉価なボーキサイトを使えばもっと効率的にアルミニウムが生産できるんです。でもボーキサイトには不純物がいっぱい含まれていますから、オーストリアの化学者バイヤーが一つの提案をして実験したんです」
「どんな方法?」
「ボーキサイトを水酸化ナトリウムと焼いて、砕き、水で処理したら、ゲル状の水酸化アルミニウムという極めてアルミニウムの純度の高い成分を分離することが可能だったんです。水酸化アルミニウムだけを集めることは容易で、それをそのまま過熱溶融して電気分解をすれば、まったく不純物を含まないアルミニウムの金属を得ることができました。これをバイヤー法と言って、現在もこの方法を使います」
「でも電気は食うんだな」賢人が難しい顔で言う。
「そうね、今もその問題は解決していないわ。環境にやさしいアルミニウムの製造方法があればいいんだけど」
「リサイクルしてんじゃん」とメグがしたり顔で言う。
「そこなの。メグちゃん」「え?」
「今日のお話のしめくくりに、アルミニウムの未来をみんなで考えたいと思うの。じつは、アルミニウムのリサイクルの成績はとっても良くって、ほぼ、アルミ缶はリサイクルされて新しいアルミ缶になってみなさんの手に届きます。でもね、アルミ缶を集めて電気炉で溶かさないと次の新しいアルミ缶にできないでしょう?そのときにアルミニウムは融点が高いのでとてもたくさんの電力が必要なんです。その点で、リサイクルの点数が低くなるの。環境影響が大きいっていうことでね」
「風力とか太陽光とかは使えないの」
「まだまだ大電力を安定に供給できるシステムにはなっていませんね。風力発電では電力不足になるだろうし、太陽光発電ではお天気の悪い日や夜間では使えません。蓄電すればいいんですけれど、大量の鉛蓄電池が必要だったりして、またまた環境に悪影響を与えそうです」
「うわぁ、難しいなぁ」
「アルミニウムはそれでも、軽くて丈夫で、酸化被膜を自ら作るので腐食しにくいなど良い面がたくさんあります。航空機の材料としてはとても重要です。これから、みんなでアルミニウムの未来を考えていってください。それが私からの宿題です。ご清聴ありがとうございました」
みんなが拍手してくれた。

私の長い、アルミニウムのお話は終わった。