多田将という素粒子物理学者がいる。
多田 将
彼のツイッターから近影を拝借した。
とても京都大学の物理学者とは思えない姿なのだが、とても優秀な方だ。
現在、高エネルギー加速器研究機構(KEK)にお勤めで、ニュートリノ発生加速器「ビームライン」の設計をしつつ、その事業の広報活動も担っている。
この外観から、子供たちに人気の先生なのだが、それは外観だけではなく、とても平易な説明で、門外漢にもわかりやすく話してくださるのだ。
彼の仕事の一端を垣間見ることができる著作が『すごい実験』(イーストプレス)である。

すごい実験

図解で、著者直筆の絵入りで、語り口がやわらかで、面白い。
加速器がなんで円形で、あんなに巨大で、そのほとんどが日本にあるのか?
小柴昌俊先生(ノーベル物理学賞受賞)の「カミオカンデ」との関わり、ニュートリノの研究が何の役に立つのか?など素朴な疑問に、多田先生が答えてくれる。

塾の子供たちにもこの本を勧めている。
実は、京大の物理に進んだKちゃんから、私に勧めてもらったものだ。
私は、Kちゃんから多田先生のことを聞くまで知らなかったのだから。
だから第一印象は「何じゃこの人。X-JAPANの成れの果てかい?」と思ったくらいだ。
しかし、しかし、この本を読んで(すぐ読めます)、すばらしい人物だと感銘を受けました。
学生からの質問で「どうして(先生は)この仕事に就こうと思ったのか?」というのがあり、多田さんは、およそ次のように答えました。
「進学塾の先生に勧められるまま、あまり考えずに進学校(大阪教育大付属高校)に行き、その学校の生徒はほぼ京都大学に進学しているので、自分もそれに倣って京都大学の物理に入った」
というのです、できる人は違いますなぁ。
つまり多田さんは、自分をエリートだとは思っていない。
何も考えずに気がついたら京大の物理、それも素粒子を研究する院生になっていたというのです。
一般人には、あまり参考にならないかもしれませんけれど、要は、「好きなことを仕事にする必要はない」という一貫した考えがあるのです。
よく「夢がないとだめだ」というオトナがいますよね。
多田先生は「そんなことはない。みんながみんな夢ばっかり追っていたら、社会など成り立たない」とまで言うのです。
私は至言だと思いましたね。
「好きなことだけをして仕事になる」なんてことは、世の中、そうそう甘くない。
多田さんだって、そんな生き方ができたらいいだろうけど、KEKでは雑用も仰せつかるし、そういうこともちゃんとやって、自分の仕事もちゃんとやるのが社会人だと教えています。
だいたい、高校生相手に素粒子の啓蒙活動をするなんて、ビームラインの気の遠くなるような設計には何の役にも立たない、無駄な仕事のように、私などは思うわけです。
ところが多田さんにとってはどうやら違うようだ。
若い人や、まったく素粒子に興味のない人に向かって、自分の仕事を説明し、こっちを向いてもらえる…質問を投げかけてもらえる…そういうことが多田さんの仕事への推進力になっているんだなと思うんです。
わかってもらえるとうれしいし、興味を少しでも持ってもらえるとうれしいものです。
確かに、難解な科学の先端を研究しているのですから、普通の人に理解を求めることは自分の業務以上に難しいはず。
多田さんだって、ほんとうに真実を理解しているのか不安だと言います。
偉そうなことを言って、実はとんでもない間違いをしでかしているかもしれない。
そういうところを胡麻化さず、「わかんないんだ、だけど楽しいんだ」と聴衆に示すことが、多くの人々に興味を抱いてもらえる勘どころだと思います。
彼は「ほかの先生方もいろいろ啓蒙活動や解説書を書いておられるが、だれにも見向きもされず、本を買ってもらえても最後まで読破してもらえないのは、先生方が賢すぎて、自分だけが分かっているからだ」みたいなことを書いています。
つまり、先生方は、みなさんが「わからん」と思っていることについて、気が付いていないというか、自分はそんなことをわからないとは思ったことがなく、疑問にも感じたことがなく研究者になったからなんです。
多田さんは、ご自身が「物理はあまり得意ではない」といい、先達の本を読み切れず「挫折ばかり」してきたと白状されました。
それでもこんな大きな仕事ができているのは、劣等生(とてもそう思わないが)として謙虚に、地道に、こつこつ積み上げて来たからなんでしょうね。
ある意味、開き直りが多田さんを、前に進めているのかもしれません。
そうはいっても、彼は一流の物理学者です。
けっして「わからない人たち」を置いてきぼりにはしない、やさしさがあります。

OKwaveとかで高校生などが素粒子や電子軌道についてよく質問しています。
それに答えている自称「先生」らしき人々の高慢さには、私も嫌な気にさせられます。
たいてい「高校生には量子論はまだ早いかな」とか「大学に行ってから学んだら」みたいなことを枕詞のように冒頭に書くんですね。
そういうのって、自分が「わかっている」ということをマウントしているだけじゃないですか?
「君らにはまだ早いかな」って、そういうあなたは「本当に理解しているの?」と私は問いたい。

多田先生は、そういう言い方をけっしてなさらないんです。
学問に遅早はないのです。
学びたい人が、知りたいと思った時が学び時なんです。
そこを「あんたにはまだ早い」なんていうおこがましいことが良く言えるもんだ。
自分が説明できないことを、この言葉で逃げてんだよ。
私なら、自分がまず学んで、納得してから教えますね。
でなけりゃ、恥ずかしくってネットに知ったかぶりして書けやしない。

電子が原子核の周りをクーロン力で回っているなんてことを、まだどうどうと書いて回答にしているひとがいる。
ボーアのモデルはクーロン力で説明しようとして破綻したんじゃないですか?
逆二乗の法則に従っていないから、飛び飛びのエネルギー準位を取るんでしょ?
それに電子は月と地球のように「回って」いるのではなく、ある確率で存在しているんだということなんです。
だから電子雲で表すほかないんでしょう?
電子の位置もその運動も同時に捉える(知る)ことはできないんだとハイゼンベルクが証明しています。
もしね、電子をほんとうに見ようとしたら、電子顕微鏡のように電子を当てます?
同じ質量の粒子を当てたら、ビリヤードの玉のように衝突後瞬時にどっかへ飛んでいきますから見えませんよ。
だいたい電子の位置は正確にはわからんと言っているじゃないですか。
分かった時にはもう電子はその位置にはいないから、照準を合わせる(光で?)ことすらできません。
何かを当てないと、電子の位置が分からないからですよ。

光子ならどうか?それでも電子の位置は当たった瞬間にわからなくなるでしょう。
コンプトン効果(散乱)で照射エックス線の波長が失ったエネルギーだけ長波長になるということが間接的にわかる程度です。
実際に光エネルギーを得て電子は励起され、高いエネルギー準位の軌道に移動することはわかっていますがその姿を見ることは金輪際無理な話です。

わたしだって、本当のところは理解していない。
数式がまず、理解できていない。
ただ、結果を見て、そしていろんな先生の話を総合して「おそらくこういうことだろう」と説明をつけるのが関の山です。
あとは生徒と一緒に考える。一緒に苦しむのです。

そのためにも『すごい実験』はためになる本です。
ニュートリノが身近になる事、請け合いです。