暴風雨は、小笠原諸島の西側を速度を落としつつ北上していた。太平洋の海水温が高いために、中心気圧は960ミリバールと低かった。
米軍機がこのタイフーンの調査をしており、その情報は東京気象台にもたらされ、日本放送協会のラジオ放送を経て国民に知らされた。
一方、第二金剛丸は小笠原諸島よりも北の八丈島寄りの付近を漂流しているようだった。
昨晩の無線のやりとりでは、ベヨネーズ岩礁付近で根がかりによって舵を失ったらしいと報告があった。


「兄(あに)さん、金剛丸の様子はどう?」中嶋水産の事務所に和子が心配そうに入ってきた。
「ああ、よくねぇ。おれが悪いんじゃ。おれが行けちゅうたから」いつになく、弱気な治次(はるじ)だった。こんな兄の姿を見るのは和子にとって初めてだった。
「治次、そんなに自分を責めんでええ。こういうことは専務のわしが責任を取るもんじゃ」と父の重治(しげはる)が短くなった煙草を灰皿に押しつけながら言った。
この会社には、社長で重治の父、重吉(じゅうきち)がいるのだが、通風を患ってほぼ家に寝たままになっている。今年はとくに症状がひどくなりまったく出社できないでいた。
時計の針が、午前二時を指している。
無線機の前では、通信士の新谷恭一郎がしきりに電鍵を叩いている。送信機の出力1キロワットの大型の終段管(ファイナル)が真っ赤に輝く電球のようになって無電室の新谷の顔を流れる汗を照らしていた。
第二金剛丸は舵を失って漂流しているものの、沈没や転覆は免れているようだった。
「走錨(そうびょう)しとるようで、まあ、漂流状態ですね」と新谷通信士。
「あの海域は深いからなぁ。錨(いかり)は効かんわ」と専務。
「何もしないよりは…ね」といって、彼は受信機の耳当てをずらし、首にかけた。

一方で、第二金剛丸では…
漁労長の塚谷栄(さかえ)と船長の阿比留大吾が、戦時中に海軍が使っていた古い小笠原付近の海図を揺れる机の上に広げて、思案していた。
奥の部屋では通信士の二見直助が本社からの電信を書きとっている。
カンテラが揺れ、操舵室の影を不気味に伸び縮みさせる。
機関士の小平武一(ぶいち)が船倉から上がってきて、「船長、燃料が心配なんで、機関を停止したいが」と、ぼそぼそと言った。彼は小平さねの兄で、中嶋治次と同級であり、船長の阿比留にとっては共通の後輩になる。
武一は、昨年まで機関士だった父親の助手をしていたが、今年の小正月の頃に突然倒れて亡くなったために、この船の機関士として乗り組んでいる。
「武一、舵板がどれくらい損なわれたか知ることができんか?」と阿比留船長が問う。
「舵棒がくるくる回りよるで、ほとんど板が持ってかれたんではないかと」
武一の話では、それは座礁によるものだと断定している。
阿比留もこのあたりはベヨネーズ岩礁帯であることを承知していた。
武一は持ち場に戻っていった。

操舵室の気圧計の針がどんどん下がる。
「955ミリバールぜ、船長」漁労長が雨合羽からしずくを滴らせて針を読む。
船首がほぼ垂直に持ち上がったかと思えば、急転直下に引きずり降ろされる。
阿比留も駆逐艦乗りだったので、こういう時化(しけ)には慣れていたが、自分が全責任を負う船長として経験するのはこれが初めてだった。
「今は満潮の時刻だ。座礁する確率は低い」船長は気休めをつぶやいた。
時計の夜光塗料がぼんやりと光っていた。
この船には、あと三人が乗船している。
勝俣、八田(はった)、杉本の三人で、漁労担当である。
八田がこの時間の「ワッチ」を船外で担っているはずだった。後の二人は仮眠をとっている。

ワッチとは監視である。
この暗闇で、監視できることなど、ほぼないに等しいが、船乗りの掟(おきて)として、輪番で「ワッチ」業務をおこなうことになっている。
金剛丸にも小さな探照灯が設置されていて、周囲の状況を照らすことはできた。
ともあれ、この暴風雨である。四十を越えた八田元太の体にはこたえた。
探照灯に取り付いて、前方を照らすも、光はむなしく風雨の中に吸い込まれていく。
ローリング(左右の揺れ)とピッチング(前後の揺れ)に翻弄されながら、三十屯クラスのはえ縄漁船は木っ端のように耐えていた。
旋回窓でも雨は滝のように叩き付けるので、視界は極めて不良であるけれど、八田の操る探照灯の光条は見えた。
「旋回窓は止(と)めとけ。電気の無駄や」と阿比留が漁労長に命じた。
小平機関士が機関を停止したので、探照灯と無線機の電源を確保するためにも、節電せねばならなかった。
二見通信士が気圧計を覗きに来る。
「955のままでんな」とつぶやいて、腕時計を見つつ通信室に戻った。定時の気圧報告をおこなうためらしい。
「暴風雨の真ん中に入れば、晴れ間が見えるらしいぜ、船長」漁労長が言う。
「そうらしいな。風も止むと聞いたことがある」阿比留も答えた。
「なあ、二見よ」「はい、何でしょう?」「漁労長もちょっと寄ってくれ」
三人が、操舵室に集まった。
「機関を停止している以上、冷凍庫はもたん。獲物を捨てようと思うのやが」
「仕方ないっすね」と二見通信士。
漁労長は黙して語らずだったが、阿比留に任せるという表情だった。
「じゃ、二見、本社にお伺いをたててくれ」「了解です」

こちらは伊豆大島波浮港の中嶋水産の無電室である。
時計は午前二時半を過ぎたところだった。
「第二金剛丸より入電。『キカンテイシ。サカナノハイキイカガ?』と問うています」塚谷通信士が赤い目をこすりながら、中嶋専務に伝える。
「あかん…もったいない」と先に声を上げたのは治次だったが「しかたないな。命には代えられん」と続けた。
「帰りの燃料分は残しておくべきじゃ。やむをえんな」ゆっくりと、しかしはっきりと専務が言い、塚谷通信士に「そのようにと伝えてくれ」と命じた。

第二金剛丸では返電を受け、魚の廃棄作業を払暁(ふつぎょう:夜明け)を待って行うことで決定した。

はえ縄で捕らえた約2屯ほどの冷凍鮪(まぐろ)が電源を落とされた冷凍庫の中で解凍されつつあった…

(つづく)