牛乳がこれほど議論を呼んでいるとは、私も知らなかった。
Youtubeで「牛乳は体に悪いか」と検索をかけたら、出るわ出るわ。
かくいう私も「牛乳が体に悪いらしい」というネタをマスメディアなどから仕入れていたので、ここは科学者らしく双方の意見を伺おうじゃないかと思ったわけ。

牛乳を飲むことは健康にいいという「肯定派」の主張はざっと以下のようだ。
・牛乳は仔牛を育てるための「完全食」だから
・ヒトは哺乳類であるから牛乳が体に悪いわけがない
・昔から牛乳は薬として、あるいは、滋養の高い食品と位置付けられてきた
・成長期の子供の筋骨の発達に不可欠なカルシウムやたんぱく質が含まれている
・学校給食でも牛乳は必須である
などが、主張されている。なるほど、もっともらしい内容だ。
私も、このように親などから言われて牛乳を摂取してきたものだ。

いっぽうで、牛乳は体に悪いという「否定派」の意見は以下のようである。
・牛乳は仔牛を育てるための「食品」であり、ヒトには、もともと合わないので毒だ
・牛乳は高カロリーで肥満の原因になる
・カルシウムを多く含むが、その吸収に必要なマグネシウムが極端に少ないので骨の成長にはあまり効果がない。
・成長期に牛乳が必要であったとしても、成長を止めた大人には消化器に負担をかけるだけだ
・乳牛を飼育する際に、ホルモン剤や抗生物質が投与されており、高濃度で牛乳に残存している
・牛乳アレルギー、カゼイン過敏症などの疾病を誘発、悪化させる
・乳製品の製造や貯蔵に衛生上の不信感がある
などが叫ばれている。
なるほど、否定派の主張もなかなか説得力があるではないか。

牛乳が仔牛を育てる食品であることで、ヒトに合わないという否定派の主張は、一見正論のようだが、この世界で、あらゆるヒトの食べ物が「ヒトのために」存在しているのではないことは自明だろう。
コメや野菜、果物、魚、いずれもヒトが勝手に食品にしているだけで、品種改良されていたとしても、もともとはヒトとは独立に進化してきた生物だからだ。

「牛乳が高カロリー」であるという事実も、それがために古来より「薬」とか「滋養食品」として珍重されてきたことを視点を変えているだけで同じことを言っている。
ことに、戦後の欠食児童を救済し、しっかり成長させるために給食に「牛乳」や「脱脂粉乳」が取り入れられたのも「牛乳が高カロリー」だからだ。

そして「骨の成長に有効」なのは「牛乳のカルシウム含有量が多い」からだと言われても来た。
しかし、高須克弥医師によれば「カルシウムが多くても、マグネシウムの量が極端に少ないので、人体へのカルシウム取り込みはさほどではない」とアメリカの論文などを引いて説明している。
高須医師は牛乳摂取について良いも悪いも判定を下しているのではなく、牛乳だけで骨が成長するというような真実ではない情報に警鐘を鳴らすのだった。
欧米の研究成果に、牛乳を過剰に摂取して骨がもろくなったというものがあるらしいが、これは「飲み過ぎ」であり、何事も、過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如しなのだということを高須氏が指摘する。

むしろ、ほかの医師が指摘しているように、牛乳の適度な摂取が認知症予防に寄与しているという論文に注目すべきかもしれない。

主張する者の立場を見てみると、乳業および酪農関係者はもちろん「肯定派」であるが、医師らも牛乳の摂取を否定する立場ではないようだ。
ただし、牛乳がこれまで信じられていたような完全な食品ではなく、むしろ現代の日本人においては、高カロリーすぎるので取り過ぎに注意するように指導している。
また、乳糖の分解が、年配になるほど、また牛乳を飲む習慣がない人ほど悪くなるので、胃腸の具合を悪くする人もいるし、タンパク質を含むのでアレルギー症状が出る場合もあることに注意を払う必要がある。

一方で「否定派」の立場は医師などの専門家ではなく、健康評論家や食育ライター、整体師、スポーツインストラクターなど多彩な分野の人々であり、その点、根拠のある主張なのかどうかが疑わしい。

とはいえ、適度な牛乳の摂取が人体に良い影響、たとえば脳神経の活性化につながるらしいことは、今後も注視すべきではなかろうか?

種(しゅ)が異なる哺乳類において、その動物の母乳以外の「乳」を摂取することは、生物学的にはよくないことだと、経験から私たちは知っている。
アレルギー反応や消化不良を起こすことがあるからだ。

たとえば、ネコに牛乳は与えてはならないとよく言われているのは、ネコは、乳糖分解酵素が乏しいから下痢してしまうらしいのだ。

ところで年配の方なら、母乳の出ないお母さんのためにヤギ乳を用いたことが日本でよくおこなわれていたことを知っているかもしれない。
これはこれで上手な乳の利用の仕方である。

牛乳などの家畜の乳を大量に利用する民族と、私たち農耕民の日本人の胃腸では牛乳の扱い量が全く異なるので、進化の過程で、牛乳への耐性が乏しいのかもしれない。
「牛乳を飲むとお腹がゴロゴロする」日本人が多いのも事実だからだ(ネコの症例と同じらしい)。
日本人が、毎日、牛乳を飲むようになったのは戦後からであるから、かなり歴史が浅いのである。
ゆえに「否定派」が言うような牛乳への不安、バッシングも理解できなくもない。
日本人には日本人が昔から食べてきたものを保守的に食べていくことが健康長寿の秘訣であるらしいことを、私たちは知っているはずである。
その日本人の伝統食品の中に牛乳は残念ながら入っていない。
案外、「否定派」の根拠は、ここにあるのではなかろうか?

結論として、私見だが、一日につき、牛乳瓶一本程度(1合、180~200ml)の牛乳の摂取は、何も問題にすることではないのではないか?むしろ、アレルギーなどがないのなら飲むことをお勧めする。
体に毒だとか、胃腸が破壊されるとかは、ちょっと言い過ぎだし、根拠薄弱と言わざるを得ない。
ホルモン剤や抗生物質が牛乳に含まれるということについては生産者のほうで注意してもらうことはできないだろうか?
生産者は、自然な酪農、自然な搾乳を心がけて、消費者も食に対する正しい知識を持ちたいものだ。