巣鴨の在日党本部はセキュリティーがしっかりしていると、蒲生譲二が決行前に居酒屋で焼き鳥を食べながら教えてくれた。
蒲生がどうしてあたしにそこまで肩入れして、入れ知恵するのかわからなかった。

そうして一枚の身分証明書をわたしてくれた。
それが中村君が首から下げているやつだ。
パスワードが書いてあると言っていたが、それは違う。
実は在日党が懇意にしている運送会社「徳山通運」の身分証明書でこれを機械にかざすだけでビルに入れるという仕組みだった。

運送会社のユニフォームを着て、まんまとあたしたちは、党内部に侵入し幹部室らしきところまできたのだ。


そして、この惨状。
SPはいたが、まったくの奇襲で、彼らは食事中だった。
コンビニ弁当をつついていた男らに、「許時運(キョ・ジウン)はどこや!」と拳銃をかざしてあたしは呼ばわった。
「なんじゃ、お前ら」
胸のホルスターに手をかけようとする五分刈りの男。
しかし中村君のほうが早かった。
どっと、大きな体躯が宙を舞った。
「やってもた」
震えている中村君。
「かまへん、おい、お前、許はどこやと聞いとんねん。ツンボかお前」とあたしは続けてすごんだ。
「あ、あ、あっち」
韓人らしいその男は片言の日本語でそういった。

あたしは中村君に目くばせをして、あたしは男から目を離さずにいた。
中村君がおそるおそる別室に通じるドアをあけ、銃を構えた。
「誰もいいひん」
「ほんま?」
その時あたしは一瞬、油断をした。
弁当を投げつけて男が襲ってきたのだ。
あたしはもんどりうって後ろに倒れ、馬乗りになられた。
でも右手にはトカレフがあった。
撃鉄が下がっているその銃を彼の目の前にもっていき、夢中でトリガーを引いた。
中華トカレフは安全装置が簡素で撃ちやすく、そのトリガーは軽い。
バシュっ。
目の前が真っ赤に染まったように見えた。


思い出しても吐き気がする。

蒲生は、食肉業で若いころ修行していて、牛の屠殺を経験しており、いつも「頭を狙え」とあたしに教えてくれた。
牛もそうするらしい。

「ほかのところを撃っても、苦しむだけやし、生きとったら反撃を食らうかもしれん。頭は即死や。おだぶつや」
そう、ベッドの中で教えてもくれた。

「さて、中村を探さんと・・・。それに黒幕や」

予備のマガジンがあと一本。
今のうちに、空のマガジンに弾を装填しておこうか。


警察はこの騒ぎに、まったく動かない。
あたしたちに、本懐を遂げさせようという「忠臣蔵」のような気持ちなのだろう。
そしてあたしたちを逮捕し、公判にかけて極刑の判決を受けさせる。
長い年月をかけてね。最高裁まで上がるのよ。
ほとぼりが冷めれば、天皇によって恩赦だか大赦だかであたしは釈放されるんだ。
憲法にそう書いてあるからね。
日本を外国人から取り戻したジャンヌ・ダルクとしてね。

とにかく、許を始末するのがあたしの仕事。

最後の部屋がここだ。
ズガン!
「うあっ」
銃声のようなものが室内から聞こえ、男の声がした。
あたしは、躊躇なくドアを開いた。
中村君が足を撃たれて倒れていた。
「おまえか。狼藉(ろうぜき)者は」
「粋(イキ)な言葉知っとんな。お前が許時運か?」
「テレビで顔を知っとるだろう。お前もこいつのようになりたいか」
「あほぬかせ!」
言うや否や、あたしは連射で許を撃ちまくった。
胸糞悪い硝煙の匂いが部屋に立ち込めた。
マガジンが空になった。
あたりにトカレフ弾の薬莢が飛び散っている。

許時運は壁に張り付いたように硬直して立位(りつい)を保っていた。
顔がぐしゃぐしゃに潰れ、二目と見られない状態で。

「中村君、大丈夫か?」
「うん、なおぼん、痛いなあ、撃たれたら・・・」
「あんたは、なんも知らんかったんやで。これはあたしだけがやったこと。そのカード貸して」
首からカードを外して、あたしがぶらさげた。
「そのガバメントもあたしによこしなさい」
「はい」
ホルスターごと受け取ると、あたしはそれを自分に装着した。
「あたしはこれから、自首するからね。警察と救急車呼ぶわ」

本当に蒲生の台本通りに事が運んだ。
仲間と言えば、中村君だけのように思えるが、実は、「琴平会」蒲生会長の命令で、外を固めてくれていた無数の仲間がいたのだ。

傀儡(かいらい)総理の東海林健介(しょうじけんすけ)は、この許時運にあやつられていた。
許と言えばKBS京都を売った男として、京都人なら知らない人はいないだろう。
そう、「許永中(キョ・エイチュウ)」だ。
時運はその血筋の者というもっぱらの噂だ。

一方、東海林は大手製菓会社の重光(しげみつ)社長の娘婿だった。
この会社は周知のとおり日本の会社ではない。
プロ野球チームも有する、屈指の大企業だ。

許と重光は韓国籍だという。

琴平会は北朝鮮に送金していて摘発された。
この一見、脈略のない外国人たちの暗躍が、日本の骨の髄まで虫食い状態にしてしまった。
つまり蒲生は、あたしに日本の行く末を託した。

とはいえ、許を一人倒しても、日本が元の姿によみがえるかどうかはわからない。
もう遅いのだ。
わたしは、一矢(いっし)を報い得ただろうか?

やっと来た警視庁のパトカーにあたしは足取りも軽く向かった。
「コンプリート。なおぼん!」
そう刑事に言われた。