こんな話、聞いたことありますか?

食用油に含まれる「トランス脂肪酸」が心疾患を助長するんじゃないかという話

あたしは、油脂工業を専攻してたんだけど、「油の酸化防止剤」としてトコフェロール類(ビタミンE)の効果を研究してました。

食用油は高温で加熱して使うので、空気中の酸素によって酸化されやすいのね。
酸化された油は体に悪いし、臭い。
だから、あらかじめ、ビタミンEを添加しておくとそれを防げるというのです。
食べても安全だしね。

天ぷらとかフライに使う油は、キャノーラ(ナタネ油)に代表される植物油なんですね。
こういった、油には不飽和脂肪酸が多く含まれています。
※これら脂肪酸はグリセリンとエステル結合していて、グリセリドという化合物で油脂に存在しています。血液検査の項目で「トリグリ」とか「中性脂肪」とかありますが、このグリセリドの血中濃度を測定した数値です。

その脂肪酸には不飽和脂肪酸というのがあって、二重結合をたくさん含んでいるものがあるの。

たとえば、体に良いとされてる、DHA(ドコサヘキサエン酸)はヘキサ(6つ)のエン(二重結合)がある脂肪酸です。

空気中の酸素が、この二重結合を酸化させて切断し、脂肪酸の分子を小さくしてしまうの。
これを酸敗(さんぱい)といって、臭くなって、胸焼けする原因です。
常温でも酸化は起こりますけど、加熱によって加速されます。

そこで、考えられたのが「水添硬化油」の発明です。
確かにビタミンEを入れるよりは効果があります。
だって、もう酸化される二重結合を持っていない油脂にしてしまう発明だから。

二重結合がある脂肪酸ほど酸敗するから、水素原子を二つ足して二重結合を一重にすればいいよね。
これが水添硬化油の技術なんですよ。
「水添」は水素を添加するという意味で、こうすれば融点の高い硬い油脂になることから「硬化油」とも呼ばれます。

作り方は、二重結合のある油脂に水素ガスを吹き込んで炊いてやるのですが、ニッケル触媒がないと進まない反応です。


硬化油は酸化に強く、連続加熱でフライを揚げても長持ちします。
フライドポテトのカラっとした食感は硬化油のせいです。
マクドが使いたくなるのもわかるよね。風味もいいみたい。ちょっとバターぽくって。

ただ、こまったことに、硬化油を作るとき、副生物としてトランス脂肪酸ができてしまうのね。
それが今日の話題。

二重結合があると、シス・トランスの問題が必ず出てくるんです。

シス・トランス幾何異性体って、高校の化学でやりませんでしたか。
だいたい、マレイン酸とフマル酸の例が載ってたと思うけど。

二重結合が一個のエチレンという炭化水素を元に説明するとね。
二重結合炭素C=Cがあって、この分子は平面構造なのよ。

炭素原子は四つの手があり、二重結合に二つ使ったから、あと二つ手が余ってる
その二つに水素がぜんぶついたらエチレンやね。

二つの水素のうち片方に別の基がつくとする。
もう一方の炭素も同じように水素じゃない基がついたとしよか。

同じ方向にその基があったら「シス」でコの字型(本当はくの字型)になる。
対角方向にその基があったら「トランス」になり、ほぼ直線となる。

シスとトランスは重なり合わないよ。
二重結合まわりでまわることができないからね(だから平面構造)。  

で、何が問題かというと、生物の細胞膜を作っている脂肪酸はみんな「シス型」なんですよ。
(ここ、大事ですよ。自然界にはトランス脂肪酸はほとんどないですから)

細胞膜というのは、ラングミュア膜の一種で、脂肪酸がマッチ棒を立てたように一分子ずつ整然と並んで膜になってるの。
ほら、オレイン酸(脂肪酸の一種)を水の上に垂らして油膜を作ると、虹模様が見えるでしょ。
あれはオレイン酸分子が立って並んで膜になって、光の干渉を起こして虹色になるのよ。
ラングミュアはこういったことを研究した人です。
※この方法から、分子1モルの分子数(アボガドロ数)を出すことができるよ。

そんなことよりも、体に取り込まれた脂肪酸がトランスやと、細胞膜が変性してしまって、膜本来の機能が失われるのではないかと懸念されるんです。


つまり、シス同士、またはトランス同士なら整然と並べられるけど、両者入り混じったらどうなる?

まず、シスとトランスのみかけの全長がまったく違うでしょう(片方はくの字、もう一方は直線)?
こんなんを混ぜて並べたら、グサグサになって細胞膜は穴だらけや。
病気になるよ。これじゃ。

アレルゲンが破れた膜を通りやすくなって、アレルギーになるのを助けてしまうんじゃないかな。
動脈硬化も、血管壁の細胞膜がやられて、コレステロールなどの付着物が堆積して詰まったり、硬くなったりするんだよね。

もし、リパーゼ(脂肪分解酵素)がトランス体をシス体に変える働きをも持っていたらいいんだけど、あたしは知らない。

加熱による水添硬化油には副生するトランス脂肪酸が数パーセント含まれるようです。
日本人は、そんなに油脂を食べないので、心配することはないとも言われます(厚労省はそう言ってます)。

それよりも、水添硬化油は「飽和脂肪酸」ですから、融点が高く(体温程度では固体)、血液中に増えると、血液の粘度が上がったり(ドロドロ血液)、高脂血症になると、血管が詰まる原因になるのが恐いです。

トンカツが好きな方、トンカツ屋さんのフライヤー(鍋)の冷めた状態を見たことありますか?
真っ白に固体の油(ラードやヘッド)が詰まっていますよ。
あなたの血管もああなってしまいますよ。
※ラード、ヘッドは飽和脂肪酸です。炭素数18程度の水添硬化油とまったく同じものです。

お魚に不飽和脂肪酸が多いのは、融点が低いから、冷たい水の中でも固まらないようにできてるんですね。