「おしになった娘」というお話です。

江戸時代、犀川(石川県)あたりの悲しい物語です。

犀川は暴れ川で、少し長い雨が降るとすぐあふれて、猫の額ほどの田畑を飲み込んでしまったんだそうです。

そんで飢饉が続いてんのに、地頭(領主)の年貢の取立てはめっぽう厳しかったんです。


その村に、それはそれは貧しい父と娘が、肩寄せ合うて生きとりました。

父は吾作、幼い娘はもりいと言いました。

その年も川があふれて、せっかく実った米は倒れ、親子が食うにも足らない様子で、年貢など、とてもとても、納められるもんやなかったんです。

年の暮れ、とうとう年貢を収めなければならない頃、吾作には何一つ出すもんがなかった。
しかたなく、地頭屋敷に行って、許しを乞うた。
「おら、米を流され、お納めする年貢米がございません。どうかお許しを」
「ええい、やかましい。そんなことは知らぬ。さっさと戻って年貢を持って来い」
と屋敷の門番はにべもなく吾作を追い立てます。

「ああ、どうしよう。もう死ぬるしかあるまい・・・」
そんな吾作をよそに、犀川は、とうとうと流れています。
洪水で落ちた橋がそのままになっていました。

吾作は近所を回って、物乞いをしながら、年の瀬をやりすごそうと必死でした。

もりいは、食べるもんもないから、弱ってしもて、熱が出て死にそうになっておりました。

吾作もどうしたもんか、なすすべもなく、ただ、うなされるもりいを枕元ではげますほかなかったの。

隣の、ばあ様がくれた竹筒にはわずかな米が入っていて紙で封をしてあり、これをガラガラのように振って米の音を聞きながら空腹をまぎらわせたんだよ。
切ないねぇ。

ある日、もりいは、かすかな声で「あずきまんまが食いて」
はっきり吾作にはそう聞こえたよ。

「もりい、おめえ、あずきまんまが食いてえか」
今度は確かに、「うん」と頷いたもりい。

吾作は泣いた。どうかして、もりいにあずきまんまを食わしてやりたい。
鍋も釜もずっと前から、からっぽだったよ。

「ようし、待っとれ。もりい、とうちゃんがあずきまんま食わしてやっからよう」

地頭様のお屋敷にはきっと米やあずきがたんとあるに違いない。
少しばかり、もらったところでばちはあたるまい。

大それたことを吾作は考えたのでした。

大晦日の夜に吾作は闇にまぎれて地頭屋敷に忍び込みました。
振る舞い酒で家人(けにん)たちは酔いつぶれているようです。
前栽(せんざい)伝いに蔵の方に行くと、蔵の扉は開いたままでした。

あずき、米・・・うずたかく詰まれた年貢がそこにありました。
ぼろで作った袋に小豆と米を入るだけすくい取り、そして家路についたのです。

お正月に、もりいは吾作の作ったあずきまんまをおなかいっぱい食べました。
病も急に良くなり、松の内が過ぎるころ、外で遊べるまでになっていましたよ。

地頭屋敷では、そのころ、蔵に盗っ人が入ったようだといううわさが立ちました。
「蔵の扉が開いていて、米やあずきの袋が破られて荒らされていたということだ」と家人たちが話しています。
「だれの仕業だ?とっつかまえて、人柱(ひとばしら)にしてくれる」地頭は真っ赤な顔で怒り狂っています。
地頭の手下が村に散らばって、下手人探しに奔走します。

もりいはこぼれかけた家の前で、ぼろぼろの毬をついて遊んでいました。
「雪より白い米とって、あずき入れて、あずきまんま食っただ・・・」
と歌いながら。
地頭の手下の一人が聞きつけて、もりいの背後にしのびよります。
「あずきまんま、うまかったけ?もりい」
もりいは男を見上げました。
「おら、知らね」

「おい、下手人は吾作だぁ」男たちはわらわらともりいの家に入り、吾作を表に引きずり出しました。
「おめえ、屋敷に盗っ人にはいりやがったな」
吾作は、無言で下を向いています。
もりいは隣のばあさんに抱きついて、見ていました。
「おい、こいつをしょっぴけ」
吾作は地頭屋敷に連れて行かれました。

その日を限りに、もりいは口をきかなくなりました。


まだ雪の残る頃、犀川の橋の掛けなおしの普請(ふしん)がありました。
人柱を立てるというのです。
そうすることで、川の神の怒りを鎮めるということでした。
地頭は、吾作を人柱として埋めよと命じたのでした。

吾作は黙って、埋められました。
もりいのことを思いながら。

あれから何年か経ち、もりいも美しい娘に育っていました。
ただ、一言も口をきかなかった。


草むらをもりいは、ほうけたように歩いていました。
いつもそうでした。
父親が殺されて、おかしくなったんじゃと村の皆はうわさしていました。

キジが一羽、もりいの足元を横切りました。
もりいも後を追います。
草むらにしゃがんでみていると。
キジもこちらをむいてじっとしています。
なにか言いたげです。

キジは、けーんと鳴いて、飛び立ちました。
と、ダーンと鉄砲の音がもりいの耳をつんざきました。

キジはばたりと体を震わせて横たえています。
もりいは、そのとき
「キジも鳴かずば、撃たれまいに。なんでおめえは鳴いただ。おらたちにゃ、口はねえだに」
そう言って、ふらふらとどこへとも知れず歩いていってしまい、その後もりいの姿を見たものはおりませんでした。


おしまい

小学校時代の記憶をたどって書きましたので、細部は創作してます。