秋刀魚(さんま)の季節だね。

暖水塊が三陸沖にあるらしいから、サンマよりもマグロが北海道で取れちゃったり、おかしな具 合になってるらしいけど。

東京は目黒でサンマのお祭りが恒例ですね。

で、今日のお話は「目黒のさんま」だよ。
江戸落語第二弾ですぅ。

江戸の屋敷に参勤交代かなんかで住んでるどっかの殿様がいた頃のお話。
お国(知行国)には城代家老を置いてさ、ほら浅野内匠頭みたいな旗本って、江戸住まいだったんでしょ?

松の廊下で刃傷沙汰になって、ご切腹。
詳しいことは知らないけど。

でね、どこの殿様かわかんないから、「殿様」としとくね。
殿様の生活って、上げ膳据え膳で、自分でなにもしないよね、フツーイッパン。

食べ物だって「お毒見役」が先に食べてから、殿様が召し上がるのだから、いちいちめんどくさ い。
料理だって、冷めちゃうよ。
だから、当時の江戸の庶民は、殿様よりいいもん食ってたかもしれないよ。

ある日、その殿様が鷹狩りを所望し、家来を連れて、世田谷から目黒方面に遠出をしたわけよ。
お昼ごろかな、おなかもすいてきたところ、サンマの焼けるいい匂いがどこからともなくしてく るじゃないの。

「腹がへったな」と殿様 。
「いかにも」とお供の家来。
「この匂いは、なんじゃ?」
「はっ。これはサンマという、卑しい者が食する魚でございまする」
「ほう。しかし、いい匂いじゃ。そのサンマとやらで、湯漬けを一膳、食してみたいもんだ。どう じゃ、そのほう、掛け合ってみてはくれぬか」
「御意」
家来は、匂いのする民家に走っていきましたよ。
「頼もう!ご免!」と家来が呼ばわります。
「へ~い」と姉さんかぶりをした、小太りの女が出てきました。
「そのほうはこの家の者か」
「左様でござんすが、お侍様、なにか・・・」
「いや、ちょっと、当家の主(あるじ)が、その、サンマの焼ける良い匂いがするので、すこし 食してみたいと所望されるのじゃ。なんとか分けてもらえぬか?飯は湯漬けでかまわぬ。礼は、はずむぞ」
「礼だなんてそんな。サンマなど、お殿様のお口に合いますやら。とにかく、すぐ用意いたしますんで」
それを聞いて、家来は、取って返したよ。

「どうじゃった?」殿様は笑顔で聞きます。
「はい、ただいま、したくするとのことで」
「ほうか、ほうか。楽しみじゃな」とご機嫌さんです。


しばらくして、炭火で焼きたてのサンマがじゅうじゅう音をたてながら、ご飯とともに、近所の女どもも手伝って人数分が、うやうやしく運ばれてきましたよ。
「ご苦労、これを取っておきなさい」 そういって、家来の一人が金子(きんす)を袋ごと女たちに渡した。
殿様も笑みを浮かべてうなづいています。
「そんなことしていただいては」
「構わぬから、馳走になって、タダと言うわけには武士の名がすたる。取っておきなさい」
「はは~っ。ありがたきしあわせでございますぅ」

「では、熱いうちにいただくとしよう」
「殿、まずは私がお毒見を・・・」
「構わんじゃろ」
「ですが・・・」
「信じよう。さあ、お前たちも食え」
「ははっ」 そのサンマのおいしいことといったら、殿様は天にも昇る心地でした。
脂がじゅわ~っと口にひろがります。

「こんな、うまい魚があったとは。今まで食してきたのは、なんじゃった?」
「ほんとにうまいですなぁ」
「飯もうまい」 ぺろりとサンマを一匹、平らげてしまった殿様は、何度もサンマを褒め、さらにお礼をするというので、民は「もうけっこうでございます」と断るのが大変でしたよ。
江戸屋敷に戻った殿様は、お膳係にサンマを持って来いと言いつけますけども、「そんなものは下人の食べ物です、なりません」の一点張りでした。

「つまらんのう」とさみしく一人ごちる殿様でした。


ある秋の日、殿様が歌会かなんかのお呼ばれで外戚の家にいくことがありましたよ。
そこの家老が「今晩、何か、召し上がりたいものがございますか?支度させますが」と聞いてくるので
「サンマという魚を所望する」

あぜんとする家老・・・
「さ、サンマでございますか?鯛とかじゃなくって?」
「だめか?」
「いえいえ、ご用意させていただきますとも」

あわてて、家老が日本橋の魚河岸から特上のサンマを人を使って取り寄せましたが、
「このように脂の濃い魚をそのまま殿にお出ししては、お体に障るというもの」
そういって、お膳係はサンマを蒸して脂を十二分に落としました。
それから、骨がのどにひっかかってでもしたら一大事と、毛抜きで小骨をことごとく抜いたもんだから、サンマの体はぐずぐずにつぶれて、原型をとどめてません。
それでも、調理が出来上がったので、上等の絵皿に乗っけて、殿様にお出ししましたよ。

「なんじゃ?これがサンマか?まちごうてはおらぬか?」
「いえ、サンマでございます」と家老。
「たしか、もっと、こう、焦げておったはずやが。まあ、一口、いただくか」

うん?違う。殿様の箸が止まりました。

「このサンマ、いずれより取り寄せたんじゃ?」
「日本橋の魚河岸にございます」と家老
「それはいかん。サンマは目黒に限る」
「は?メグロでございますか?」 怪訝そうな表情で家老が黙ってしまいました。

だって目黒には魚河岸も、港も、海もないでしょ?
東京の方、そうですよね。

おしまい。

さ、今日はサンマにしようかね。
京都のサンマは、北海道産のようです。