もううんざりだ。
俺は、心の中で叫んだ。

もう何度目だろう。
妻の加奈子が不妊治療がうまくいかないから、俺につらく当たるのだ。
「あきらめろよ。子供ばかりが人生じゃないぜ」
そういって慰めることが余計に彼女の気持ちを逆なでする。
そんなことは、わかっているのだ。

お互いもうすぐ四十になる。
医者だって、投資に見合うリターンはないと言わんばかりの対応だ。
はっきり言ってくれたほうがこっちも吹っ切れる(それは俺だけなのかもしれないけれど)

俺の両親がまた、くだらないこと加奈子に言ってプレッシャーをかける。
世間ではよくある話だ。

このところ、加奈子のヒステリックな感情の吐露は陰湿な方向へ向かおうとしているようだった。
「妊活」なる新語がマタニティ系雑誌を飾っているのも問題なのだ。
精液が薄いんじゃないかと言ってエビオスを毎食後、大量に飲まされたりは、まだいいほうだった。
勃起力が足りないとかで、バイアグラだのシアリスだのを飲まされて、無理やり勃起させられ行為を強要する。
まるで強姦だ。

仕事のストレスに加えて、不妊の話で、妻では立たない「不全」が起こっているのだろう。
完全にセックスなどする気が失せているのだ。

「妊活」仲間の奥さんがめでたく妊娠の兆候があったとかで、かなりテンパッている加奈子。

家のローンもだいぶ残っているのに、不妊治療への出費が痛い。
これでは、めでたく子供を授かっても、養育していけるのか、俺は大変、心配になっている。


妻がかわいそうだと思った頃は、遠い昔だった。
今は、お荷物になっている。
こいつと結婚したこと自体が誤りで、後悔の念さえ頭をよぎる。
よく見れば、顔は十人並だったけど、妻の前に付き合ってた、地味でぽっちゃりの工藤和恵のほうがよかったかも。
和恵は現在、二児の母になって、幸せに暮らしているとか。
「なんであいつをふったのかなぁ」


会社のパートの女性で、シングルマザーのひとがいる。
いつも机を並べて仕事をしているので、妻より会話することが多くなった。
真由という名前にふさわしく、同い年にしてはなかなかかわいい子だった。
不倫してみようかな・・・

「明日、ずる休みしてドライブに行こうか?」
真由にこっそり耳打ちした。
「え?」
驚きの表情から、にっこり笑って
「おもしろそう。行きましょ」
簡単に、オッケーが取れてしまった。

翌日、俺たちは、高速道路をかっとばしていた。
妻しか乗せたことがない助手席に妻の知らない女を乗せて。
「あたしね、中本さんのこと、ちょっと気になってた・・・」
「おれも、真由のことを意識してたんだぜ」
「でも奥さんいるし、今日もどうしようかって思ってたのよ」
「でも来ちゃった」
「うふふ。ばれなきゃいいよね」
屈託なく笑う真由がかわいかった。
加奈子はもはや、こんな風に笑うことはなくなった。

サービスエリアで、お昼を食べて、ソフトクリームを二人で舐めながらベンチに座る。
もうどこから見ても恋人同士って感じだった。
「前の旦那が暴力夫でさ、息子と二人で逃げるようにして出てきたの」
ディープな話題になっていった。
「そうかぁ。なんかあったんだろうなとは思っていたけど」
「裁判して、金輪際あたしたちとは関わらない、慰謝料も要求しないってことで別れたのよ」
「約束は守ってくれてんの?」
「まあね。あたしたちが今の住所に住んでいることは知らないと思うよ」
ぺろっとクリームを舐めながら言った。
琵琶湖が美しく光をたたえていた。
「福井のほうまで足を伸ばすか・・・」
「海をみたいな」
「行こう」

俺たちは、敦賀のほうまで行き、気比の松原で夕日を見て帰ってきた。
「今日はありがと」
「あたしこそ、楽しかった。息子を両親に預けてるんで迎えに行くよ」
「じゃ、また明日」

こうやって、何度目かのデートを重ね、俺たちは当然、深い仲になっていった。
「あたしさ、ふっと思うんだよね」
一戦を終えたベッドの中で、真由がつぶやいた。
「何を?」
「このまま息子と二人で年老いていくのかなって」
「まあ、そうなるだろうね」
「中本さんは、奥さんがいるからいいけど、あたしなんか、息子がおっきくなって出て行ったら一人ぼっちだよ」
きつい口調で真由が言う。
「うん」
「あたしも旦那さんがほしい・・・」
「そりゃあ・・・」
どうしたものか、考えどころだった。
このまま不倫状態を続けるのが俺の希望だったから。
「奥さんと別れてよ」
「えっ?」
「そしてあたしと一緒になって。拓哉(息子)のパパになってあげてよ」
真剣な表情で真由が迫ってきた。
俺は息をのんだ。
「・・・と言うのはウッソ」
えへへと笑いながらベッドから出た。
俺は笑えなかった。
「シャワーしてくる」
真由はバスローブをまとってバスルームに消えた。

「やっぱりな」
俺は独り言をつぶやいた。
「そうだよな」
真由を妻に迎えたら楽しいだろうなとそう思った。
今の生活はある意味地獄だったから。
でも別れられないって言うか、そんなこと、とても切り出せない。

真由がバスルームから出てきた。
目が赤い。
泣いていたんだ。
俺は、真由を力いっぱい抱きしめた。
「真由・・・」
真由は嗚咽をこぼした。
俺の胸で、泣いていた。
シングルマザーという特殊な立場は真由には重すぎたのだろう。
彼女も一人悩んでいたにちがいない。
頼るべき人もいず、孤軍奮闘していたのだ。
その点は加奈子も同じなのだが。

立ったまま真由の口をむさぼった。
「あむ」
「はあん」
コンドームをしていない男根が彼女の下腹をつつく。
「あん、もう硬くなってる」
「真由、お前が好きだ」
「あたしも、浩二さんが好き」
そのまま再びくしゃくしゃのベッドの中に倒れこんだ。
さっきより激しく求めた。
足を上げさせ正常位で深々と差し込んだ。
「あっくぅ~」
「真由、真由ぅ」
俺は、真由を妊娠させるつもりだった。
俺の子を孕ませてやる!
加奈子にできなかったことを真由にしてやる。
「あっ、すごい、あたってる」
「いいか?中に出すぞ」
「ちょうだい。真由の中にちょうだい」
がんがんと腰を振り、真由の奥深くに大量に放った。
俺たちは共犯者として加奈子を裏切ったのだ。

「あ、あ~」
「すげぇ、あとからあとから俺のがあふれてくるよ」
「いや、見ないで」
「いいじゃないか」

「あたし、奥さんに勝ったかも・・・」
不敵な笑みを浮かべていた。
今までに見せなかった表情だった。
背筋が寒くなるような・・・

その年も押し詰まった頃、真由から懐妊の知らせを聞いた。
「産んでもいいでしょ?」
覚悟はできていた。
「いいけど、別れられない。今は」
「わかってる。待つわ、あたし」

こうして、二重生活が始まったが、真由のおなかが目立ってくるにつれて、社内でうわさが広まり、加奈子の耳にも入ることになるのであった。
あとは修羅場が待っているだけだった。

この文章は、今、大阪拘置所で書いています。
俺は、妻の加奈子を手にかけました。
つい、かっとなって・・・
後悔しています。
思えば、俺の人生って後悔ばかりの人生でした。
弁護士に聞けば、真由は、俺の子を中絶したといいます。
妊娠四か月も半ばをすぎていたので、大変な手術になったそうです。

執行猶予はつけてほしくないです。
弁護士にはそう伝えています。

だから、刑期を終えても、真由には会いません。
つくづく勝手な男です。
俺は。