おれは、眠ってしまっていたらしい。
外は、明けているようだ。
物干しにもならないような小さなベランダから日差しまで差し込んでいる。梅雨の中休みというやつか。
ふと、シングルベッドに同衾(どうきん)していたはずの尚子がいない。
枕もとの眼鏡を探してかけ、部屋を見まわしたら、おれの椅子に座って、飾り棚に置いてある「水飲み鳥」を熱心にながめている、ブラとショーツだけの尚子の姿があった。
「なんだ、起きてたのか」
「こうちゃんの鼾(いびき)で起きちゃった」
「そうかい?そりゃすまない」
drinkingbird

「これね、コップにくちばしを突っ込んだまま止まってるのよ」
「ああ、たまに止まっているときがあるな。なんでだろって思ってたんだ」
「あたしね、気づいたの」
「へえ、尚子さんのご高説をいただきましょうかね」
おれは、コーヒーの湯を沸かしにキッチンに立った。
「湿度よ。いま梅雨(つゆ)で湿度が高いじゃない」
humidity

そう言って、おれが壁にぶら下げている湿度計を指した。
「だね。洗濯も乾きゃしない」
「するとね、この鳥さんのくちばしに染みた水が蒸発しないのよ」
「ほう…」
水飲み鳥の頭からくちばしにかけて繊維質のものが吹き付けられ赤い顔になっている。
「水が蒸発しないと、気化熱が奪われないからくちばしの温度が下がらないの」
「なるほど、だから、頭の中の溶剤が冷えないのか」
「釣り合う位置の違いで、立ったまま止まっていることもあるかもしれないわ」
「ああ、おれが見たのはそれだ。コップにくちばしを突っこんだままというのは今初めて見たよ」
「立ったまま止まっているときは、おそらくくちばしは乾いているはずよ。どちらにしても、気化熱が奪われずに有機溶剤の凝結が起こっていないから運動が止まるのよ。熱エネルギーの出入りがないから」
「寒いときに、止まるのかと思ってたよ」
「そういう場合もあるかもしれないわ」
レンジのポットが沸きだしたので、おれはコーヒーカップの用意をした。
「熱力学っておもしろいのよ」
伸びをしながら、尚子が立ち上がる。
「そうかね」
「こういうのスターリング機関っていうらしいわ」
「そういうエンジンがあるらしいな」
おれは、業界紙かなんかで読んだことがあった。
「Amazonとかで教材用のスターリングエンジンが売っているわ」
「その水飲み鳥はAmazonで買ったんだぜ」「そうなの」
おれはネスカフェのブラックコーヒーを両手に持って、尚子の立っているほうに向かった。
「はい、コーヒー」「サンキュ」
「なんか、着ろよ」
「こうちゃんも、立派なのをぶらぶらさせないで」
そうだった、おれは素っ裸だったのだ。言われて気づいた。
「どうする?今日」
「朝ごはん、ないんでしょ?マクドでも行く?」
「マクドって言い方、好きになれないな」
「こうちゃん、関西人が嫌いなんだ」
「別にそういうわけじゃないけど」
パンツを履きながら、適当に答える。
品川に出て、高輪のウィングのマックにでも行こうか…
それから海の方に歩いてもいいかもしれない。
今日は天気がましなようだから。