おれがマンションを買って一人暮らしをし始めたころの話だ。
大学を出て、京都で就職したおれは、配属された部署が年配の人ばかりの職場で、たまに飲みにつれていってもらったりはしたが、同僚という仲間がおらず、人とつながらない生活をしていた。
ただそれを苦に思ったことはなかった。
おれは学生時代から、いわゆる「オタク」と呼ばれる部類の若者であり、女性とお付き合いするということも皆無だった。
遊ばないからお金はたまる一方で、また預金通帳をながめるのが趣味のような生活になっていった。
とはいえ、アニメには目がなく、そういった雑誌やグッズ、映画やビデオには、惜しげもなく金を使ってはいた。
会社の紹介で格安で借りていた賃貸マンションの部屋も手狭になり、時代はバブルの頃である。おれは一世一代の買い物をしたわけだ。

新しい部屋を引き渡され、鍵を手にしたおれは自分の部屋に入り、一通り見回ってから、感慨深げにそのベランダに出て洛北の山々を眺めた。
業者にお願いして今週末に引っ越すことになっていた。
だから、その部屋は、まだ何もなくがらんとしていたのである。

賃貸に戻ったおれは、あらかた荷造りを終えた中に座り、捨てるものをもう一度調べていた。
すると電話が鳴った。
「もしもし」
「あ、裕ちゃんか。あたしや」
母親からの電話だった。
「土曜日、引っ越しやろ?お父ちゃんとあたしは店を休めへんから、さゆりにてったいに(手伝いに)いかせるわ」
実家はお好み焼き屋なのだった。妹のさゆりをよこすというのだ。
「さゆりは、ええて言うてんの?」
「うん、行きたいって。京阪の丹波橋で降りたらすぐやろ?駅まで迎えにいったってぇな」
「わかった。駅から電話せえと言うといて。電話はあした、向こうに移ることになってるし」
「ほうか、ほなら伝えときます」
おれとさゆりは五つ違いの兄妹だった。
さゆりは絵の勉強をしながら家を手伝っていると聞いていた。おれに似て妹も「オタク」だった。
コミケで同人誌を売っているらしく、何冊かもらったが、内容がどぎつい二次創作で、BL(ボーイズラブ)系だったのには驚いた。
その週は二日間、有給休暇をもらって、引っ越し準備におれは励んだのだった。

土曜日は朝の9時から引っ越し屋が二人で来て、4トントラックに1時間半ぐらいで積み終え、トラックに一緒に乗っけてもらって、新居に向かった。
さゆりには、二時ごろに来てもらう予定にしていた。

荷物と言っても本とビデオテープがほとんどで、冷蔵庫と洗濯機そしてシングルベッドとタンス替わりの衣装ケースが八つほどだった。
食器類は、恥ずかしいくらいに少なかった。ほぼ外食か、インスタントで済ませていたからだ。
ビデオデッキが三台と大型のテレビ、オーディオセット、マイコンとプリンターがおれの宝物だった。

だから、一時半には重いものを業者の二人に定位置に設置してもらうだけで「あとは自分でやります」といって引き取ってもらった。

「エアコンを買わんと、今年の夏はたまらんな」
賃貸には、備え付けのエアコンがあったので助かっていた。今度は自分で買わねばならない。五月半ばだったので、そろそろ暑くなってきていたのだ。

業者がかえってすぐぐらいに、さゆりから電話があった。
「いま、丹波橋についたわ」「よっしゃ、改札のところで待っとき」「わかった」
短くやりとりして、おれは自転車で駅に向かった。

さゆりはボーダーのTシャツにあっぱっぱみたいなゾロッとしたワンピースを着て、下は短めのパンツスタイルだった。
身長は165で、高校生のときはすらりとしていたが、今はどこかもっちゃりして、肥えたのだろうか?
「お兄ちゃん!」
「よぅ。さゆり、肥えたんちゃうけ?」
「そう見える?お店手伝ってたら、食べるやん、ほんならぽっちゃりしてきて」
「しゃあないなぁ。彼氏も逃げるで」
「いいひんわ、そんな人」「ほんまけ?」「友達やったらいるけど」「同人誌のか」「うん」
おれは自転車を押しながら、さゆりと歩いた。
「なあ、お兄ちゃん、なんか甘いもん買っていこか?それに晩御飯どうすんの?」
「そやな、そこらへんで食べる言うても、まだこの辺、よう知らんしな、スーパーで買うていこか」
「そうしよ」

買い物をしてから、新居に戻った。
「うわあ、散らかってるなぁ」「当たり前やんけ、さっき業者が帰ったとこやもん」
「どっから片付けたらいいの?」
「本を棚に入れてくれるか。ビデオは段ボールケースに入れたままでええわ」
「『銀鉄(銀河鉄道999)』やん。全巻揃ってるの?」「ああ」
「『男おいどん』もある」
「見てたら、日ぃ暮れるで」「はぁい」
おれは松本零士が好きで、たくさんのコミックの蔵書があった。

それでも二人でやったら、寝る場所くらいは確保できた。
「お風呂、広いなぁ」
さゆりは、あちこち見て回っている。
「ええなぁ」
羨望の声がまた聞こえた。
そんなさゆりをみていると、嫁さんのような気がしてしまう。
妹に「女」を感じてしまった。
「なあ、さゆり」「なぁに?お兄ちゃん」
「風呂、入ろか」
「いっしょに?」
「そや」
「なに言うてんの?お兄ちゃん」
「まっさらの風呂やで、気持ちええで」
「そやのうて、あたしと一緒に入るんでしょ?」「そうや」
おれは、きわめて冷静に答えた。
「気はたしか?頭、大丈夫?お兄ちゃん」
「まったく正常やで。昔も一緒に入ってたやないか」
「いくつのときよ。あほなこと言わんといて」
「やっぱり、あかんか」
「…」
沈黙が続いて、先に口を開いたのはさゆりのほうだった。
「お兄ちゃん、彼女とかいいひんの?」
「こんなオタクにいるわけないやろ」
「ほなら、したこともないんやね」
「したことって…」
「アレやん。セックス…もう、何、言わせんのよぉ」
赤くなって、さゆりが下を向く。
「お前かて、処女やろ?あんな話ばっかり書いてるけど」
さゆりの同人誌のえげつない性描写のことを言ってやった。
「ううん。ほんとは、したことあんねん」
「ほ、ほんまに?」おれのほうが動揺してしまった。
「彼氏がいるんや。そりゃ、すまんかったな。変なこと言うて」
「彼氏やあらへん。無理やり、されたんや」
と、小さい声でさゆりが言った。
「れ、レイプか?」
「暴力はなかったけど、お酒飲まされて、気がついたら、されてた…」
「そいつ、今も同人にいるんか?」「おる…」
「そんな同人誌、やめてまえ」
「うん、やめるつもり」
「そら、つらかったやろ。風呂の話はナシや。冗談や」
おれは、話題を変えようとした。
「お兄ちゃん?」「え?」
「入ったげてもええよ」「は?」
おれは、ハトが豆鉄砲を食らったような、顔をしていただろう。
「背中流してあげる。まっさらのお風呂、入れてよ」

おれは、何も言えず、ただ劣情にかられて、風呂の用意をした。
使用説明書を見ながら…
さゆりは持ってきたポシェットをあけて何かを探している。
「お兄ちゃん。たぶん、最後までやってまうと思うから、今から頼んでもいい?」
「なんや?改まって」
「これ、してほしいねん」
さゆりの手にあったものはコンドームの包みだった。
おれは唾をのんで、
「わかった」と答えた。
風呂ができるまで、買ってきたシュークリームと缶コーヒーでお茶にした。

風呂が沸いたので、おれたちはバスルームの前で衣服を脱いだ。
妹も恥じらうように、脱いでいく。
「あたし、やっぱし、はずかしわ」
「さゆりは、かわいいし、自信もっていいよ」
「お兄ちゃんやから、そんなん言うけど」と言いながら、ブラを取ると、白い乳房がこぼれ出た。
そしてショーツに手がかかり、膝まで一気に押し下げる。
おれもトランクスを下げて、勃起をさらした。
「うわ…」目を丸くするさゆり。
「そいつのは、大きかったか?」
「覚えてないよ。もう入れられてたから」
「中に出したのか?」
「ううん、外に出してくれた。さ、入ろうよ」「ああ」

さゆりの体は、彼女が言うように、少しふっくらしていて、女らしかった。
胸も大きすぎないが、かといって、ぺったんこというわけでもなかった。
陰毛の形が、やはり兄妹なのか、似ていた。
「じっと見んといてよ」
「すまん。でも生身の女の裸を見るのが初めてなんや」
「そう…ほなら、見てええよ。兄ちゃん」
そう言うと、くるりとさゆりが回ってくれた。
「シャワーってどうやるの?これ」
「カランをひねったら出るやろ」「蛇口のほうが出るよ」「ああ、切り替えるんやった」
おれはシャワーヘッドをつかんで、妹の体にかけていやった。
さゆりは、気をつけをして立っている。幼いころと同じだ。
「よう、こうやって洗ったったな」「うん。思い出した」
「ここもよう洗うて」
おれは遠慮なく、クレヴァスに手指を差し込む。
「きゃ…」
お湯ではない、ぬめりを感じた。
「お、お兄ちゃん…そこ、あかん」
見ると、顔をしかめて耐えているような表情だった。
「気持ちええんか?」
「うん」
クリトリスという場所に触れたらしい。
少し奥に進めると、ぷつりと指先がどこかに入った感じだった。
「やん…あかんて、そんなん」
いやいやをして、おれの指から逃れようとするのを、おれは肩を抱いて固定し、もっとこねくりまわした。
「ああん、兄ちゃん…立ってられへん」
倒れかけるさゆりの唇をおれは上からかぶせるように接吻した。
はむ…
さゆりのほうから舌をおれの口の中に侵入させてくる。
やはり、経験があるらしい。
シャワーを止めて、湯船にいざなう。
「二人でも、余裕やねぇ」
「ほんまや」
「すっごい、兄ちゃんの」
おれは腰を浮かせて、勃起を水面にまで浮上させる。
「さわってみ」
ゆっくりと、さゆりの指がペニスに巻き付く。
「かったいわぁ。こんなにおっきなるの?」
「大きいかぁ?そうでもないやろ」
「あたしな、絵にかくときに、外人の写真を見て描くねん」
「そんなもん、どっから手に入れるんや?」
「同人のひとから譲ってもらうんや」
「さゆりは、なんでも知ってんねんな」
「そんなことないよ。なぁんも知らんよ、あたし」
そう言って、さゆりは勃起をしごいてくれる。
「触り方も上手やんけ」「そうお?こうやって、ひとりでするんやろ?」
「ほら、そんなことまで知ってる」
「兄ちゃんも触ってよ。さっきみたく」
おれは、湯の中で、さゆりの谷間をまさぐった。
湯とは別の粘液で、さゆりの周囲はおおわれているようだった。
「ああん、兄ちゃん、そこ」
「ここがええんか?」
「クリが、気持ちええねん」
熱に浮かされたような表情でさゆりが答える。
「お前も一人でやりよんのか?」
「うん。たまに」
「あんな絵、描いてたら、もんもんとするわなぁ」
「ふふふ」
「キスしてええか?」「うん」
さゆりが、おれのほうに寄ってくる。
白い歯がのぞいているぷっくりとした唇を吸う。
シュークリームの甘い味がした。
そして、自慢げにせり出している双乳に手をやる。
乳首が飛び出して、いじってくれと主張している。
「お前の胸、ええ形してるやん」
「太ってから、胸もおっきなってん」
「そんな太ってないやろ。ふっくらしてるけど」
「それが太ってるっていうことやん」
「そうかぁ」
さゆりとは、何でも話せた。
「お兄ちゃんのおちんこ、こうやってたら気持ちええの?」
しごく掌に力が入る。
「ああ、ええよ。自分でするよりずっとええ」
おれは、目をつむって、妹の手を感じた。
このままやりつづけられると、湯船を汚しかねなかった。
「さゆり、そろそろ上がろうや。ここで出してしもたら、えらいこっちゃ」
「出そうなん?兄ちゃん」
「ああ、おまえが上手やさかい」
「なんか、あたしがスレてるみたいやん」
「おれよりは、スレてる」「もう」
ふくれっ面が、またかわいい。

バスタオルを巻いて、ふたりでベッドに向かった。
汚いそのベッドにも嫌がらずに、さゆりは寝てくれた。
「お兄ちゃんの最初の女になるねんで。あたし」
「そうや、おれに選ばれたんや」
「恐悦至極やわぁ」
「むつかし言葉知ってんねんな」
「大河ドラマで、よう言うてはるやん」「そうか」
「すまたでええから、くっついてええか?」
「ええよ。入れる時にゴムしてくれたらええから」
おれたちは抱き合い、口を吸い合った。
そして勃起を谷筋に滑らせる。
「やん、入ってるみたい」
「まだ、入ってへんで」
そんなことを言いながら、むつみ合う。
「さゆりがめっちゃ濡れてるから、そう感じるんやろ」
「兄ちゃん…なんか違う…こんな気持ち、初めてや」
そんないじらしいこと言うをさゆりをおれは抱きすくめたくなった。
さゆりの周囲をさまよっていたおれのペニスがぽんと滑り込んだ。
「あ」
「あはっ、入ったぁ」
どちらからともなく、感嘆の声をあげた。
さゆりはしかし、抜いてくれと願ったり、拒否することはしなかった。
「さゆり、入ってるで」「うん。入ってる」
「兄ちゃんで、いっぱいや…」
おれは、こんな場面を夢で何度か観たことがあった。
そして図らずも夢精して、罪悪感にさいなまれたものだった。
二十八まで生きてきて、身近な女はさゆり一人だったことに気づかされた。
「さゆり…」「兄ちゃん」
あの感覚が襲ってきた「あかん、でるっ」
おれは背中に巻き付いているさゆりの腕を振りほどくようにして腰を引いた。
びゅーっ
音がするような射精が、辛うじて体外でおこなわれた。
「あはぁ、あふぅ」
おれは肩で息をしながら、さゆりを見つめる。
白い液溜まりが、さゆりのへそのくぼみにできていた。
「あぁあ、お兄ちゃんったら」
「なんとか間に合ったな」
「次は、ゴムしてや」
「え?まだやらしてくれんの?」
「だって、あたし、まだやもん」
小さな声で、上目遣いに言うのである。
おれは、射精後の気詰まり感から、便所に立った。
「兄ちゃん、ティッシュどこやの?」
背中でさゆりの声を聴いた。
「ああ、どこやったかな」おれは見まわし、キッチンの床に置いてあるのを見つけて、軽く投げてやった。
「サンキュ」
まるで夫婦である。

そんな昔のことを思い出した。
さゆりも、もう二児の母である。レイプされた相手かどうか知らないが、同人誌の男と入籍して現在に至っている。
おれは、まだ独り者だった。

(おしまい)