朝からじりじりと焼くような日差しで、庭には陽炎(かげろう)が立っていた。
庭と言っても、母屋の前の畑までの間の三間ほどの幅の南北に長い広っぱで、枇杷の木と胡桃の木が南北の境界に植わっているだけで、あとは雑草がてんでに生えているだけだ。
枇杷にはたわわに実がなっているけれど、おおかた鳥が食い散らかしてしまっていて、人が食べる実は残っちゃいない。
「たけし!はよ学校行かんかぁ!遅刻すっぞ」
おかんが、どやしつけてくる。
「わかっとるわ。もう行くねんから」
おれは弁当の入った帆布の鞄を袈裟懸けにして、親父から譲ってもらった自転車にまたがる。
ぎぃこ、ぎぃこと情けない音を立てながら、庭を出て、傍示川(ほうじがわ)に沿って高等学校へ下っていった。

おれの家は兼業農家で、八町歩ほどの田んぼと一丁歩の桑畑を営みながら、親父は多々良村の営繕部に出仕している。
営繕部と言っても、村のたった一つの小学校の「用務員」として、子供らの机やいすの修繕や花壇の世話、掃除など雑務をやっているそうだ。
だからか、子供たちからとても慕われていた。
この春なんか、感謝状を卒業生からもらってご満悦だった。

つつみ橋を渡って、郵便局の前を過ぎ、地蔵堂の四つ辻を西に折れ、おれは自転車を快調に飛ばしていた。
おれは時計も何も持っていないから、日差しで時間を読んでいる。
農家の息子なら「おちゃのこ」である…と言いたいところだが、いっつも遅刻だ。
担任の乙部洋子先生は気さくな若い女先生で、いつも大目に見てくれる。
乙部先生のおかげで英語のリーダーが好きになったくらいだ。
おだんごのような鼻をした愛らしい顔で、みなからも人気の先生だった。
目のちっさいところが「玉にキズ」ってとこか?

けど、おれは好きだな…

なんてことを考えながら自転車をこいでいると、ふと近道を思い出した。
尾根筋に沿って、少し上ると後は下りで高校の裏側に出られるのだが、すごく悪い道で、途中に二軒ほど家があるが、一軒は空き家だったと思う。
その住人のための道のようなものだった。
自転車ではしんどいので、よほどの緊急性がない限りその道を選ぶことは無かった。
「この時間だと、まともに行っちゃ間に合わんな」
おれは独り言を言うと、その道に自転車を向けて登ることにした。
轍(わだち)があるがリヤカーのものらしく、ハンドルを取られる。
蝉しぐれが頭から降りかかるようだった。
「岩に…岩にしみいる蝉の声。えっと最初はなんやったっけ」
芭蕉の有名な句なのだが、発句をど忘れして出てこなかった。
「夏草や…いや、ちがうな」
暑くって、あたまもぼうっとしていた。

汗だくで尾根の最も高い場所に出た。そこには二軒のかやぶき屋根の家があり、一軒はかなり毀(こぼ)れて、屋根には丈のある草が生えてしまっている。
もう一軒は、少しは手入れされた生垣もあり、樽やたらいなどが立てかけて、洗濯物も干されてあった。
猫の額ほどの前庭には三筋の畝が立ち、ちゃんと茄子やトマトが実っている。
「たしか、おばはんが、一人暮らししとったな」
おれはその人をちらっと見かけたことがあった。
三十は超えていそうな、固太りの女性で同居の家族は見なかった。

学友の上杉元成の話では、戦争で旦那さんを亡くした「未亡人」だそうだ。
上杉は、このあたりの部落の人別(にんべつ)に詳しいのだった。父親が巡査と言うことも関係しているのかもしれない。

ふと、女のうめくような声が蝉しぐれに交じってとぎれとぎれに聞こえてきた。
おれはそっと自転車を降りて、生垣に立てかけ、屋敷の中を窺(うかが)った。
三和土(たたき)に白い女の足が一瞬、見えて引っ込んだ。
「あそこか、何をしとんのやろ?」
するとまた、ふくらはぎが飛び出し、空中に止まる。おれは角度を変えて、土間に回り込むように首を伸ばす。それでもよく見えないが、生(なま)の女の足がふらふらと中を舞っているのだ。
おれは、なにか淫靡なものを感じた。
「はうっ。あうっ」
あえぐような、苦痛に耐え忍ぶような女の声の主は、あの女に違いなかった。
「苦しんどんのか?病気かな」
おれは、それだったら早くなんとかせねばと思い、学校も心配だったが土間の方に近づくことにした。

おれに視野に飛び込んできたのは、框(かまち)に腰かけてのけぞるように女が大股を開いて、茄子をおめこに差し込んでいる景色だった。
「うは…」
おれは凍り付いてしまった。蝉の声よりも己(おのれ)の心臓の音が大きく脳内に響いて、のどは干からびてしまった。
ぬらぬらと茄子の表面は濡れ、艶やかに輝いている。
女のあごは上がって、こちらに気づきようもないだろう。
「あがっ、はがっ」
声とも、のどの音とも判断のつかない音を発しながら、女は痙攣し、あげくに小便をもらしてしまったのである。
じゃじゃーっ…三和土の上に黒いしみを作って小便がしゅんでいく。
おれは痛いほど、ちんこを硬くしてしまっていた。
「す、すげ…」
そのまま女はぐったりとして動かなくなってしまった。
紺絣(こんがすり)の農作業用の着物ははだけ、白い乳が見えている。
おれは静かに後ずさった。
しかし、足元を見ていなかったのでブリキのバケツを蹴とばしてしまったのである。万事休すだった。
女が、がばっと起き上がり、鋭い目でおれを睨みつける。ほほに貼りついた髪が妖艶だった。
「ひとんちに黙って入ってきて、あんた」
女が、おれをなじる。
「す、すんません」
「見てたんか?」「は、はあ。苦しそうな声がしたんで」「まぁ、ええわ」
そういうと、女は気味の悪い笑みを浮かべて、着物を整え、小便が滴り落ちる框を雑巾で拭きながら、
「あんた、県立高校の子やな」
制帽を見ればわかってしまう。
「こんな時間に、ここ通(とお)ってるんか?」
「遅刻しそうやったから近道しよと思って」
「ここはうちの私道やで、勝手に通らんといてや。そやけど、もう遅刻やろ」
柱時計が九時前を指していた。
もう席についていなければならない時間だった。

そして間もなく九時になり、柱時計は、ぼーんぼーんと時を知らせた。
「あんた、いくつえ?」
女が草履に足を入れながら訊く。
「じゅ、十七です」
「りっぱなオトナやん。あたしの見たんやから、あんたも見せてぇな。ほしたら許したる」
框に座って足をぶらぶらさせながら、トロンとした目でそう言うのだった。
これは願ってもない機会だった。
おれは、この女と「やれる」と確信した。もちろんおれは童貞であった。
「そんなとこに突っ立ってんと、こっち上がり」
女は、草履を再び脱いで、客間に誘(いざな)った。
そこにはちゃんと床の間があり、くすんだ富岳の軸が掛けられていた。
花瓶には朱のホオズキが生けられている。
女の一人暮らしは小ぎれいだと聞いたが、うわさ通りだった。
「暑いなぁ。毎日。麦茶飲むか?」「え、あぁ」「おとなしねんねぇ」
おれは、座って帽子を取り頭を掻いた。
額からあごにかけて、汗が流れる。
女も汗で、体が光っている。
「だ、だんなさん、おらんのですか?」
おれは戦争未亡人と知って敢えて訊いてみた。
「おらんよ。戦争で死なはった」そういうと、女は鴨居の写真に目線をやった。
遺影の男性は、おれと同じぐらいの年恰好に見えた。
おれは、終戦間近に生まれ、今年で十七になるから、この女が結婚していたとすると二十歳かそこらだったろう。
だとするならば、女の歳は三十半ばということになろうか?
そんなことを考えていると、麦茶の入った湯飲みが畳の上に置かれた。
「あんなん見たん初めて?」
さっきの女の行為を言っているのだ。
「は…い」
「お茄子ぐらいしか、あたしを慰めてくれるもんあらへんね」と、寂しそうに女が言った。
「はぁ、そ、ですか」
おれは蚊の鳴くような声で応じた。
女はおれの右肩にしなだれかかり、学生ズボンの前立てを掌で撫でてくる。
もうすでにカチカチになっているから、彼女にもわかっているだろう。
「こんなになってんねんもんね。そら、かわいそうやったねぇ」
「あ、あの」
「あんた、女、知ってるのん?」
「し、知りましぇん」
けらけらと女が笑い、「そこに寝てや」と押し倒してきた。
「あたし、お茄子ばっかりやったやろ。あんたみたいな生きのええ男、久しぶりやねん」
おれの視野には、開け広げられた縁側からの夏空と、ご主人の遺影が同時に入ってきた。
ズボンのボタンが手際よく外され、ベルトも解かれている。
縞柄のさるまたの横から大きくなったちんこが飛び出している。
「いややわぁ、こんなにおっきしてから」
「あ、はぁ」
情けない声をもらしながら、おれは目を皿のようにして女の手先を見ている。
「も、もう、脱いでええですか」
「ええよ。脱いでしまい。あたしも脱いだるけん」
蝉しぐれの中、女と男が裸でむつみあった。
互いの汗が、潤滑剤になって、より快感を増している。
おれは初めて「ぬか床」を想起させる口臭とともに他人の味を知り、口づけがこんなにもしびれさせる行為なのかと、あやうく発射しそうになってしまった。
もうかなり、やばいのである。何がきっかけで漏らしてしまうかわかったものではない。
こんなおれでも「早いのは男失格」だということぐらいわきまえていた。
女のやわらかな乳房がおれの胸板に押し付けられ、女の汗の匂いとおれの匂いが混じってかなりえぐい臭気を放っていたものの、それがかえって欲情をそそった。
しょせんおれたちは動物なのだ。
「あんたの、硬ったいなぁ」
女の手がおれを握り、こすってくる。
「お、おくさん、出る」
「え?」
おれは、腰から力が抜けるように射精してしまった。
「いや…いってもたん?あららら…」
どぴゅ、どぴゅとほとばしる精液が女の手を汚し、おれの腹の上に溜まりを作る。
女がそばにあった手拭いで腹の上を拭いてくれる。
「ほんとに初めてやってんね。ごめんやで」
女の方が謝ってくれる。おれは何とも申し訳ない気持ちで恥じ入った。
「どうする?これから学校へ行く?」
もう、かなりの遅刻で、無断欠席になってしまっているだろう。
「行かへん…」
「ほなら、あたしともっとええことしよか」
目の前に熟れた女の裸体があった。しどけない表情と、いささかくたびれた乳房、黒々と密林のような下萌え。

「ええんですか?」
「あたしかって、気持ちようなりたいやん」
おれは回復しつつあった。
「若いから、もうビンビンやんか」
股間を指さされ、おれは苦笑いを浮かべた。
おれは、女に覆いかぶさっていった。
女はおれに倒されるまま畳の上に横たわった。
えくぼを浮かべ、女は優しく唇を求めてきた。
ぷっくりとした唇は、乙部先生を思い起こさせる。
先生も、こんなことをするのだろうか?
クラスには十二人の女生徒もいた。
おれが思いを寄せる子もその中にいたが、どの子もまだおぼこくて、この目の前の女に比べようもなかった。
「あの…」おれは口を離して、目の前の女を見つめながら訊いた。
「名前、何て言うん?」
「かよ。人偏に土を二つ書いて、代々の佳代。あんたは?」
「たけし。布目猛っていいます」
「ぬのめさん?あの、多々良の?」
「知ってるの?」
「布目喜美さんには、あたしがここに流れてきたときに世話になったわ」
「喜美(きみ)は、おれのおかんです」
「あら、そう…たけしくん」
佳代はおれの顔を手でなぞりながら、慈しむような表情でおれを見る。
そして体位を入れ替え、おれは仰向けにされ、佳代はおれの高まりを口に含んだ。
「ああ、なんちゅう…」おれはそんなことをしてくれる佳代に感動すら覚えた。
とろけるような佳代の舌使いで、はやくも二度目の頂上に向かっている。
「ほんま、硬いなぁ。じゅぼ、じゅぷ…」
口をすぼませて、絞るような刺激を与えてくるからたまらない。
いくらさっき出しているとはいえ、童貞のおれには限界だった。
「あの、佳代さん、あかん、あかんて」
「ん?」
ドロドロドロッと力なくおれは佳代の口の中に噴き出してしまった。
急激にしぼみだす、なさけないちんこが佳代の口の中にあった。
目で笑って、佳代はゆっくりおれを口から吐き出し、つぼめた口のままゴクリと喉を鳴らして呑み込んだのである。
「ふふ、がまんできんかった?」
「飲んだんけ?」
「うん。飲んだった。栄養あるんやて」
うそやろ…それでも自分のを飲んでくれる女に、愛おしさを感じない男はいないだろう。
おれは、佳代が特別な女に思えてきた。
「もう、でけへんで」
「なんや、情けないなぁ。そやったら舐めてくれへん?」
悲しそうな顔で佳代がおれに頼むのだ。
「舐めたことないから、へたくそやで」
「おせたるから。こっち来て」
顔は仰向けになって、足を開いた。
ぱっくりと赤い臓物のようなおめこが開かれる。
ねっとりと濡れて、蒸れたような動物的な匂いが立ち昇る。
黒い毛が尻の穴の方まで生えていた。
「ここ、おさねを舐めて」
おさねと彼女が指で剥いた部分が、くちばしのようにとがって、鶏のささ身のようなきれいな色をしている。
唇を近づけ、匂い立つ谷間から飛び出す「おさね」を舐める。
「ひっ…」
気持ちいいのか、痛いのかわからないが、佳代が声を漏らした。
「ここも…」
佳代が人差し指と中指で開いた肉襞(ひだ)には、ぽっかりと暗い穴が開き、歯のない口のようにうごめいていた。
あの茄子が入っていた穴に違いない。
つまり、赤ん坊が出てくる穴であり、男が子種を仕込む穴でもあるのだった。
「舌を入れてもええんよ」「はぁ」
しょっぱい、その肉の穴は、自らうごめき、おれの舌に吸い付いた。
「ここに入れるんか…」
おれはいずれ捨てるであろう童貞の現場を見入った。
(つづく)