春なのにうら寒い日だった。
天王寺区玉造(たまつくり)に生まれたあたしは、二十歳になった今までこの界隈を出たことがなかった。
両親は金物屋を営んでおり、二つ下の妹、仁美(ひとみ)と傾いたぼろ屋に住んでいた。
空襲で焼け出された両親と祖父母が、この地に家を建て住み着いたのだと聞いている。

国鉄環状線の鶴橋(つるはし)駅に向かって朝鮮人がたくさん住んでいた。
そのためか、キムチや焼肉の匂いがいつも漂っている街だった。
ハングルの看板も多く、日本人のほうが肩身が狭い感じがした。
朝鮮人や韓国人はそれぞれ団結していてなおさら、そのように思えたのだった。

あたしたちはそれでも、幼いころからの在日の友人とは交流が深く、よく遊んだ。
同い年のパク・ミンヘ(ミネと聞こえる)は親友と言ってもいいくらい親しかった。
「ミネちゃん、あそぼ」
「なおぼん、あそぼ」
そうやって、今も梅田や阿倍野に出て買い物などを一緒に楽しんでいる。
あたしが横山尚子(なおこ)なので、家族や皆から「なおぼん」と呼ばれていたのだ。

実は、あたしには半分、韓国の血が流れている。
母があっちの人だったのだ。
それを知ったのはつい最近のことだった。
妹と同様にショックだったけれど、事実を知って何かが変わるということはないのだった。
ミネちゃんにそのことを打ち明けると、彼女は相好を崩して「仲間ね。同胞ね」と手を取って喜んでくれたから複雑な気持ちになった。
あたしは心の奥底で、ミネちゃんたちを憐れんで、差別していたのを気付かされたからにほかならない。
それが自分たちも同じ立場だった、つまり上を向いて唾を吐くような行為だったのだから。

母は旧姓を高安といい、韓国名を「高 明恵(コ・ミョンヘ)」と明かした。
あたしが二十歳になった誕生日にである。
仁美もそばにいたので、二人でその話を聞くことになってしまった。
「高安明恵(たかやすあきえ)」という馴染んだ母の名が、「高明恵」なんて…

ミネちゃんはしかし、あたしが複雑な気持ちでいることを知っているようだった。
態度が変わったから。
在日を受け入れられないあたしを、ミネちゃんは腫れ物に触るような物言いをするようになったのだ。
法律的には、あたしは「日本人」なのだ。
母が在日で、父はれっきとした日本人だからで、日本の鶴橋の日赤病院であたしが生まれているからだ。
そういう微妙な立場を、ミネちゃんはわかっているのだった。

どんよりとした空は晴れる兆しもなく、もう夕方になろうとしていた。
あたしは焼肉の匂いが強くする商店街を歩いていた。
「おい、なおぼん」
後ろから声を掛ける者があった。
振り向くと、金沢鐘吉だった。
高校で同窓で付き合い始めたものの、最近は彼が家の焼肉屋を手伝うので忙しくしていた。
「しょうちゃん。仕事?」
「仕入れの帰り」
タイヤの太い自転車に乗って鐘吉が立っていた。
彼も在日韓国人で本名を「金鐘吉(キム・ジョンキル)」と言った。
「あした、会わへん?ひさしぶりに、映画でもどうや?」
誘い方が堂に入っている。
付き合いだしたときはお互いぎこちなく、会話も途切れがちだった。
「うん、ええよ」
明日は日曜日だった。
「じゃ、たまつくりの改札前で」
「十時くらい?」
「そうやね」
そう言うと、鐘吉は自転車で走り去って人ごみに消えた。
彼の両親が切り盛りする料理店はこの角にある。

あたしは少し気が楽になって、家路を急いだ。
あたしは、鐘吉といっしょになるかもしれないと漠然と思うようになっていた。
だから体も許したのだった。

去年の秋ごろだった。
彼の部屋に巧みに誘い込まれた。
「ハイファイ」(電蓄のこと)を買ったとかで「見に来いよ」と誘われたのだ。
そういうものを近くの日本橋の電気街で売っているらしい。
「これはな、キットで自分で作ったんやで」
自慢気に鼻を膨らまして鐘吉が言う。
レコード盤を丸いテーブルに乗せて、アームを静かに落とすと、木の箱のようなものからテケテケと音が聞こえた。
流行りのベンチャーズのレコードだった。
その昔、蓄音機というものがあったけれど、あれを電気で動かして鳴らすので「電気蓄音機」、つまり「電蓄」といい、マニアの間ではしゃれて「ハイファイセット」などと呼ばれる代物だった。
「どうや?ええ音やろ?」
「ほんま。そこで演奏してるみたい」
「そやろ」
真空管ラジオの汚い音しか知らないあたしにとって、新鮮なサウンドだった。
『パイプライン』や『ダイヤモンドヘッド』を聞かせてもらってノリノリだった。
ひとしきり音楽に浸って、会話も途切れたころ、鐘吉はあたしのそばに来て、
「ええか」
あたしは、はっと身を固くして下を向いた。
「おれ、おまえがすっきや」
あたしも、鐘吉のことが好きだった。
鐘吉はあたしの肩に手を回してきた。その手は震えている。
「キスしてええ?」
それでもあたしは下を向いていたと思う。
「いやか。そやろな。ごめんな」
そう言って、彼は離れたのである。
あたしは、しまったと思った。
彼に恥をかかせてしまったと感じた。
たぶん、こうなるように緻密に計画を立てたんだと察した。
男の子というものは、そうやって告白するものだと「平凡」や「明星」に書いてあった。
「あ、あの」
「なんや?」
「ええよ。キスして」
「ほんま?」
あたしは目をつむって許諾の意を表した。
ほどなくして暖かいやわらかな唇があたしの唇に押し付けられた。
荒い息の音が聞こえた。
あたしの心臓も割れんばかりに高鳴っている。
寒い部屋なのに、あたしたちは汗びっしょりだった。
長い接吻が終わった。
終わったと同時に、鐘吉はあたしの胸をブラウス越しにもんでいる。
ブラがずれそうだった。
「あん」
声が出てしまう。
もう行くところまで行かないと収まらない状況だった。
あたしはセックスについてあまりにも無知だったと思う。
鐘吉の手は、だんだん大胆にあたしのスカートの中を侵し、パンティに届いた。
プリーツスカートは膝丈だったけど、捲れて、真っ白なパンティがむき出しになっていた。
あたしは膝を合わせて抵抗を試みたけれど、力強い彼の手で押し開かれ、陰毛が薄くうつる股布に指を這わせられた。
自分でも触らない部分に他人の手が触れることに興奮した。
「待ってな」
そういうと、鐘吉は膝立ちになって、ズボンを脱ぎだしたのだ。
あたしは思わず両手で顔を隠したけれど、指の隙間からちゃっかり覗いてしまった。
さっさとパンツを脱ぎ、惜しげもなく性器をさらしたのだった。
ソーセージのようなそれはもう、見事に立ち上がっており硬そうに揺れている。
槍のようにとがっているものが、あたしに向けられる。
ラグビー部だった彼の裸は引き締まり、あたしの数倍大きく見えた。
本気で来られたら逃げることは不可能だった。
「やっちゃってええのかな」
再び訊かれた。
「あたし、知らんねん。しょうちゃんに任す」
「わかった」
真剣な表情で彼が近づいて来て、パンティの腰ゴムに手を掛けた。
「下すで」
「うん」
あたしは腰を上げて手伝った。
パンティの股布はうっすらと汚れていた。
匂うはずだった。
恥ずかしかった。
鐘吉のちんちん(あたしたちは姉妹だったので呼び方もそれしかしらない)の皮が剥けて、赤黒い頭を出している。
そのつやつやとした先は顔が映りそうだった。
あたしの恥ずかしい部分は、鐘吉の目の前に開かれ、彼はそこに自分のものを近づける。
ぬち…
粘液質の音がして、圧力を感じた。
「ああ」
声を上げたのは彼のほうだった。
「あかん…すまん」
そのあと、おしっこの出る穴からびゃーっと白い液体がまき散らされた。
へなへなと鐘吉は腰を落として、その場に座り込んでしまった。
あたしは何が起こったのかさっぱりわからなかった。
漂白剤のような強い匂いが立ち込め、彼の出したものがあたしのお腹やまだ脱いでいないブラウスに飛び散っている。
ちり紙を取り出して、あたしはとりあえずその汚れをぬぐった。
「どうしたん?しょうちゃん。これ」
「おまえの中に出すつもりが、入れる前に出てもた」
「出てもたって?」
「精液やんけ」
あたしは、これがそうなのかとその時気づいたのである。
「はずかしいわ。おれ」
そういって自分もちり紙で始末している。
そして性器はみるみる小さくなってしぼんでしまった。

あたしは、彼が愛おしくなってそばによって、彼がしてくれたように肩を抱いて頭を撫でてあげた。
「しょうちゃん。ありがと」
「なおぼん…」
「初めてやもん、あたしら。神さんがあかんでって怒らはったんや」
「お前はおもろいこと言うなぁ」
「そやからキスして。もう一回」
「ああ」
映画で見たようなフレンチキッスを経験した。

その日はそのまま何事もなく別れたから、明日は一線越えるかもしれない。
あたしは予感した。