おれは、セーヌ川の河畔に面したオープンカフェにいた。
パリは「Thermidor(熱月)」を迎えていた。つまり七月後半である。
革命記念日(七月十四日)の行事「パリ祭」が終わり、街が落ち着きを取り戻したころだった。

アヅマ精密のエンジニアとしてシュネデール・エレクトリックに納品した工作機械の据付け出張で渡仏した。
作業は簡単に済んで、明日のエールフランス機で帰る予定だった。
今日は一日、予備日なのでパリの観光を楽しもうかと思っている。
ホテルがルーブル美術館の近所の「ユージェニ」とか「ウージェニ」とかいうまあまあの宿だった。

ふと対岸に鉄道の駅を改装したという「オルセー美術館」があるのに遅まきながら気づいた。
そして、おれの目はそれをennuiな表情でながめている女にフォーカスした。
女も、カフェの客であり、人待ち顔にカップを前にして一人座っているのだった。
おれは英語しかできないので、彼女に声をかけるなんてことはできないのは自明なのだが、その肩までのウェーブのかかったbrunetteの髪が風に揺れている様子に心惹かれた。
あちらもおれの視線に気づいたようで、おれはまばたきをして目をそらせた。
ちらっと、目を上げると、彼女は愁いを帯びた目だが、かるく微笑んでいるように見えた。
おれは普段なら決してしない「やぁ」というような感じで彼女に右手をかざしたのである。
腕が自然に動いたのだった。
異国に来て、日本人のシャイな、殻に閉じこもったような仕草は「外人」には良く思われないとシュネーデルの社員で日本語のできる人にも言われたからでもあるだろう。
女は、おもむろに席を立ち、コーヒーカップを持っておれの方にやってきた。
「こりゃ、大変だ…フランス語を喋れんぞ」おれは慌てた。
「ハイ。あなたはニッポン人ですか?」と、流ちょうな日本語で話してくれたのだった。
おれはホッとした。
「やぁ、そうです。日本語大丈夫ですか?」とっさにそんな事を言ってしまった。
女はおれの前に腰かけ、うなずいた。
「旅行ですか?」「仕事で」「今晩の予定はありますの?」「あした帰国するんで、フリーです」
そう言うと、女は、
「わたしは、フェリシ―(Felicie)。トーキョーでやきものの勉強をしてました」と言った。
「おれ、あ、ぼくは、アキオ。オーサカから来た」
「オサカ…知ってる。ツーテンカク、タコヤキ」と言って笑った。
「ブラボー」おれは手を叩いて賞賛する。
正直、嬉しかった。
どうやら東洋人のおれをみて、東京の思い出がよみがえったらしい。そして陽気なフェリシ―は声を掛けてきたのだった。
「エンジニア?」「イエス。マシナリー・エンジニア」「グレート!」
なんだか、とってもほめてくれる。フェリシ―は英語もできるようで助かった。

いっしょに昼食を対岸のオルセーの近くのレストランで食べた。
カスクートとカフェオレ、オニオンスープで一時間ほどかけてゆっくりとした時間を過ごした。
「いまどやき?」
おれは、恥ずかしながら彼女の口から出たやきものの名前を知らなかった。
「イエス。でも知らなくてもシカタのないこと」
そう言ってなぐさめてくれる。
どうやら、「今戸焼」は江戸時代にすたれたやきものだそうで、それを伝承している人は数人だということらしい。
「ドール。つちにんぎょう。ワカル?」
「伏見人形ならわかるけど」
「フシミニンギョウ。グレート!アキオはフシミニンギョウ、しってる?」
「しってるよ。大阪のとなりの京都の人形だから」
「キョート。そう。フシミ、キョート」
土人形で小一時間、話が盛り上がった。
「今戸焼」は瓦職人などが始めた副業のようなもので、代表例が「招き猫」と言ってくれれば、おれもわかったのに…
「ウェルカミン・キャット(招き猫)好きなんだナ」
「そう言うんだ。イングリッシュで」
「そうよぉ」

食事のあと、フェリシーのアパートメントに招かれた。
通りの名を忘れたが、オペラハウスまでは行かない路地裏だった。
Come in
Thank you. Felicie」
薄暗い部屋だったが、明かりをつけると、女性の部屋らしく、小ぎれいに片付いていた。
作り付けの棚には、今戸焼と思われる「招き猫」が数体並んでいる。
Oh. Welcoming cats.
おれは棚に近づくと、彼女もやってきて一つ背伸びをして取ってくれた。
そのときノースリーブの腋が開いて、あの香りが漂ってきた。
あの大学時代のアパートにタイムスリップした。
Tokikoの腋の香り…
おれは彼女に鼻を近づけていた…「Pardon…」
不躾を詫びたが…

おれは、マルセル・プルーストが紅茶に浸したパンだったかマドレーヌだったかを口にしたとき、その風味から遠い子供時代に瞬時に立ち返り、記憶をたどったという「失われた時を求めて」の一節を思い起こした。

そしておれは彼女の細い腰に腕を回し引き寄せ、唇を重ねた。フェリシーはそうなるのが当然だというように、おれに身をゆだねてくれた。
フェリシ―はフランス人にしては小柄だった。
Tokikoや朋美、和美の三人の女がカットバックで思い出された。
あの夢のような四年間は、おれを大人にした。
あの経験が、初対面でかつ、異国の女性フェリシ―に対しておれが自然に振舞わせたのだろう。
彼女のシングルベッドに目標を定め、チークダンスよろしく近づいて押し倒したのである。

ツンと上を向いたバストにかぶせるようにおれの胸を合わせる。
そしてまた唇を貪(むさぼ)った。
オニオンスープのかすかな口臭が互いの口の中を往復する。
はふぅ…
「いいのかい?」「ニッポン人はそんなことを訊くの?」
ここまでやっておいて許可を求めるというのが、彼女にはつまらないことだと言いたげだった。
もう、おれは遠慮しなかった。
ノースリーブをはぎ取り、帯のようなスポーツブラをたくし上げて、たわわなバストを表に引き出す。
乳暈が臙脂(えんじ)色に染まり、乳首が丸い。
おれも脱ぐことにした。
フェリシ―も下を脱いでくれる。おれは十分、勃起していた。
彼女の目が笑って、おれの股間に視線を注いでいる。
You're a big boy.
互いに裸でふたたび抱き合う。
髪と同じ色の陰毛と腋毛が印象的だった。彼女もまた腋を処理していないのだ。
Tokikoを想起させるその腋窩(えきか)を舌でせめる。強い腋臭(わきが)が鼻腔に広がり、おれの興奮の度が増す。
外国人には腋臭が多いのだと聞いたことがあった。

Tokikoの絞るような膣が、フェリシ―にも期待された。
乳房をもてあそびながら、彼女が快感のために眉間にしわを刻んで息を吐くのを眺める。
右手が下萌えを越え、泉を探し回ってクリットをこすってしまう。
Ah...a
さらりとしたジュースをかき集め、指先に乗せる。
フェリシーは鼻孔を広げながら、うめく。
額に汗がにじんでいた。この部屋には冷房がないのだろうか?壁を見てもそのようなものが見当たらなかった。
パリの七月は暑い。
もう、部屋は蒸し風呂のようになっている。そこにフェリシ―の体臭と陰部から立ち上る牝の香りがしっかりと存在を残している。
おれは匂い立つ裂け目に口を押し付け、狂ったように舌を使った。
Ou... Haaaa...Non! You're naughty !
とかなんとか叫んでおれの頭を押す。
それでも止めなかった。
びくびくとフェリシーの体が痙攣し、汗を噴いた。
おれも汗だくである。
肩で息をしているフェリシーの両脚を開かせ、体を割り入れた。
すると、彼女が「Just moment,Akio-san.」と小さく言って、ベッドサイドの袖机の引き出しからゴム製品を取り出した。
「そうか、そうだよな…」おれもつぶやく。
「コンケツの子、できたら、かわいそ。ね、だからね」そう、彼女が言った。
行きずりの日本人の子を産み育てるなんてことは、鷗外の「舞姫」のエリスのような悲劇を招く。
おれはフェリシーからコンドームを受け取って、高まりにかぶせ「いいかい?」と訊いた。
OK. Go on me.
遠慮なく、外人女におれはぶち込んだ。
Uh...Ah...
予想通り、きつい「pussy」だった。
So tight!」おれは、ほざいた。
そう言うのが正しいのかどうかどうでもよかった。
正常位でフェリシーを抱き、腰を振る。
口を一文字に閉じてフェリシーはおれを見つめる。その鳶色(とびいろ)の瞳はすべてを映し出すかのようだった。
その瞳の中におれがいて、おれの過去が波紋のように広がっていく。
Tokiko、朋美、和美…
Tokikoは、あれからイタリアに飛んだ。そしてそのまま会っていない。
下柳朋美は結局、元カレに逐電してしまった。
加藤和美は、まだあのアパートにいるかもしれない。
そんな昔のことが目の前に現れては消えた。
「なに、考えているの?」
「あ、いや、君はきれいだなって」
「うそ。こんなときにうそを言ってはいけないわ」
「…」
「アキオ、下にナリナサイ」
おれは素直に体を入れ替えた。
緩んだコンドームを、フェリシーは直して上に乗る。
ずぶり…
「ワタシたちは知り合ったばかり。Loveをたしかめるヒツヨ(必要?)はナイの」
そして、
「セックスはあいさつ。bonjourよ!」と続けた。
その間も舟をこぐように、フェリシーは腰を揺すっている。
Your willy is hard like iron.
おれも、形のいいフェリシーの胸を下から持ち上げるように揉む。
乳首がしこって、硬くなり、さきほどより一回り大きくなっているようだ。
Unnn... Dick hardens it for me.
Yes. I did.
Come! Coo...me! I want... I want your passion!
Oh, Yes. For you! I'm cumming! Oh my God...
おれはフェリシーの中で果てた。
Tu vois, (ねえ)」
Qu'est-ce que t'as fait?(どうしたの?)
Je peux te revoir ?(また会える?)」
Bien sûr (もちろん)」
行為のあと、自然にフランス語が口から出たのには驚いた。

パリ最後の夜、おれは宿に帰らず、フェリシーの部屋で過ごし、翌朝タクシーで宿に戻ったのだった。
(おしまい)