二軒、上(かみ)の山田さんの家が流された。
昨日からの豪雨で裏の山が崩れたのだ。
鳥越山(とりごえさん)という低い山の南辺を切り取ったようにして住宅街が広がっている。
ぼくの家も、そこにあった。

「あかんわ。山田さんは無事やったけど、お家が下(しも)の植木さんとこにまで流れて・・・」
お母さんが雨合羽を脱ぎながら玄関で言う。
お父さんも、
「ここまで土砂が来るな。集会所より小学校のほうに逃げたほうがええやろ。文雄も支度(したく)しろ」
「うん」
ぼくは、階段を上がって、自分の部屋から勉強道具やらゲーム機やらを詰め込んだリュックを持ちだした。
前から用意していたのだ。
遠くからサイレンが近づいてくる。
パトカーだろうか?
「お父さん、なんか言うてはるで」
「ちょっと、外へ出てみてくれ」
家の出口でそんなやりとりも聞こえる。
「杉田さぁん!」
「おい、お隣の城(じょう)さんの奥さんの声や、表に来てはるんとちゃうか?」と、お父さんが知らせる。
「はぁい」
お母さんが雨合羽をまた羽織って、出て行った。
「奥さん、どうでっしゃろ?もう、集会所のほうに行かはります?」
「主人がね、これはもう小学校の方に逃げたほうがええのとちゃうかって・・・」
「杉田さんも、出はる?」
「出ます、出ます。もう準備出来てまんねん」
「ほな、あたしらも・・・」

とりあえず、ぼくらは途中の集会所に寄って、挨拶し、自分らは小学校へ向かうことを告げた。
「そうですな、山田さんとこと、植木さん、羽川さんの家がたちまち流されて、この集会所も危ないと思ってますねん」
とは、町内会長の市村春吉さんだ。
雨は、まだまだ勢いを衰えさせていない。
ラジオでは、つぎつぎに積乱雲が西から湧いて、岩見山地を北上しているそうだ。
鳥越山も岩見山地の一部に属している。
この辺では、ハイキングや初級登山に適した、おとなしい山なのだが、砂礫(されき)の多い地質で、以前からあちこちに崩落の跡があった。

「畠山(はたけやま)の方面で、新たに水が湧いております・・・」
防災無線で割れたような声ががなりたてる。
「治部(じぶ)橋の上まで金川(かながわ)の水が来てるから、竹内集落のほうへは逃げられへん」
みな、口々に不安を言う。

山田さんのおばさんが泣いていた。
「すんません、植木さん・・・お家・・」
「なにをおっしゃいます。奥さん、御手をあげてください。だれのせいでもあらしまへん。天災ですがな・・・」
と、山田さんの家が流れ込んだ植木さんのおっちゃんが、なだめる。
「そや、山田さん、みんなで助け合うて、乗り切りまひょ。とりあえず、命あってのことでっさかい」
と市村さんも元気付けた。

ぼくらは、そのままお父さんについて、安西小学校に向った。
ここを卒業してもう五年になる。

見慣れた体育館は人でごったがえしていた。
なつかしい顔ぶれも二、三、見えた。
市役所の人たちが、モスグリーンの防災服に身を包み、忙しく動き回り、ときおり、大声で指示を飛ばす。
ただ事ではない雰囲気だった。
「こちらへ、名簿に住所とお名前を記入ください」
役所の若い男は折りたたみテーブルの方に案内してくれた。
非常食の段ボール箱が城壁のように積み上げられている。
体育館は、狭く感じた。
「こんなに狭かったかな・・・」
そこかしこに毛布や布団が敷かれ、段ボール箱が無造作に置かれ、足の踏み場もない。
「文雄、こっちに場所をもらお」
「お父さん、あっちでパンを配ってる」
「ああ、お前、もらってこい」
「みんなの分は?」
「ええから、お前だけもらってこい」
夕方だったので、夕食のことも考えていなければならなかった。
たぶん、あのパンが今日の夕食になるのかもしれなかった。
すると、「おにぎりもあります」という声。
炊き出しをやってくれたらしい。
助かったと思った。

体育館の舞台付近にぼくらの家族は陣取ることができた。
そこで、早い夕食を取り、ラジオに聞き入った。
気が立って、何事も上の空だった。
ぼくは、こんな本格的な避難を経験したのが初めてだった。
雨は一向に止まなかった。
聞くところによると、うちの庭にも土砂が入り込んでいるらしい。
どうなってしまうのだろう・・・
植木さんの庭の池が埋まり、錦鯉がだめになったとも聞いた。

九時ごろ、「消灯します」と役所の人が言い、水銀灯だけが消された。
壁の蛍光灯や靴脱ぎ場の明かりはそのまま点けておかれた。
配られた毛布にくるまり、寝ることにした。
お父さんもイヤホンでラジオを聴きながら横になっている。
お母さんは持ってきた着替えやらタオルを整理していた。

「お母さん、ちょっと出てくる」
「どこへ行くねんな、こんなときに」
「トイレ」
「ほうか」
寝られないぼくは、少し外の様子を見に行きたくなった。
トイレを済ませ、その足で玄関を出た。
激しい雨脚はそのままだった。
地面が煙のように、漏れた明かりに照らされて霞んでいる。
ふと、タバコを吸っている女の人がいた。
同じように雨を見ている。
そこは喫煙所でもあって、移動式の灰皿が置いてあった。
女の人はタバコを灰皿で丁寧にもみ消すと、ぼくのほうへ歩いてきた。
ぼくを見とめると、
「大変やね。寝られへんでしょ」
三十位のその女の人が、ぼくに声を掛けた。
「ええ、まあ」
ぼくは、あいまいな返事をした。
見慣れない女性で、たぶんよその集落の人なのだろう。
「あんた、高校生?」
「二年です」
「中学生くらいに見えるわ。おぼこい顔やから」
「そうですか」
ぼくは、喜んでいいのか迷った。
「寝られへんねやったら、あたしのとこにおいでよ」
「え?」
「あたしも寝られへんね。つきあってよ」
女は、体育館の中に戻っていった。
ぼくはついていこうか迷ったが、ついていくことにした。
体育館の中は例によって薄暗く、ほとんどの人が寝ているか、横になっていた。
東の隅の方に、ホワイトボードやら箱が積んであるところに女の人の「場所」があった。
「そこに座り」
「うん」
周りは、お年寄りが数人、もう寝ているようだった。
少し、集団からは離れている場所だった。
「あんた、名前は?」
「杉田文雄」
「フミオ君かぁ、あたし横山なおこって言うの。だんなに死なれてひとりもん」
「家、どのへんですか?」
「新川(しんかわ)」
「あそこも川べりやから、あぶないですね」
「そ。アパートの一階やから、水が来ると溺れるわ」
薄暗い中で、女がつぶやくように言った。
「ぐっすり寝られるようにしたげよか」
耳元にタバコ臭い口を持ってきて、女がささやいた。
「え?」
「そこに横になり」
言われるままに、ぼくは横になった。
「いい?触っても」
そう言うと、ジャージのズボンの中に手をつっこまれた。
「おわっ」
「じっとしてっ」
女の冷たい手がぼくの性器をまさぐった。
自分ですることはあっても、人に触られるのは初めてである。
それも女の人に・・・
ずんずんと血が送られ、またたく間に硬くなった。
はずかしいくらいだった。
やわやわと握られ、ゆっくりとしごいてくる。
「熱いね。若いから、硬いわ。どう?こんなことしてもらったことないやろ?」
「うん」
「自分ではすんの?」
「うん」
「ふふ・・・、出しちゃおうか」
そういうが早いか、ジャージの腰ゴムとトランクスが押し下げられ、勃起が闇に曝された。
誰かに見られないだろうか・・・心配だった。
「誰も、気づけへんて」
そう言われて、心を読まれているような気がした。
「おっきいな。もう剥けてるやん」
そんなことを言っている。
「お口でしたげるわ」
「お口って・・・」
ぱくりとぼくは咥えられ、言いようのないやわらかな感触に包まれた。
温かいその世界は、ぼくをとろけさせ、短時間に射精までに登りつめそうだった。
「だ、だめ・・・」
「ううん?」
舌のざらつきが敏感な部分をこする。
腰が浮き上がる。
こんなこと、初めてだった。
ぼくは、だめになりそうだった。
「でちゃう・・・よう・・・」
喉から絞るような声でぼくは訴えた。
「うん、うん」
口を離してくれない。
このままだと、横山さんの口に出してしまうが、それでもいいということなのか?
ぼくは彼女の頭を手で押して、やめてくれと知らせたが、無駄だった。
とめどない、射精が起こった。
どるるるる・・・
ペニスが跳ね、塊が尿道を押しひろげる感じ。
長い射精感だった。
ぼくは脱力して、暗い体育館の天井を見ていた。
はぁ、はぁ、はぁ・・・
全力疾走した後のような疲労感、腿の筋肉の痛み・・・
そして、言いようのない恥ずかしさ・・・
やっと横山さんは口を離してくれた。
こぼさないように、手で受けながら。
ごくり・・・
精液を飲む音が聞こえた。
「え?呑んじゃったの?」
「うん、だって、出すとこないもん」
と、平然と言う。
「たくさん、出したねぇ。お腹一杯」
そんなはずはないが、おどけるように横山さんは言う。
「もう、寝られるよきっと」
「そうかな」
「寝られなかったら、またおいで」
「いいの?」
「いいよ。夜ならね。まだ当分、避難生活は続くから」
「ありがと」
「早く戻らんと、ご両親が心配するわ」
「じゃ」
ぼくは、横山さんの場所から立ち上がり、父母のいるところに戻った。

「あんた、どこ行ってたん。もう十時回ってるのに」
「ごめん、ごめん。友達に会ってさ」
「風邪ひくよ。早よ寝なさい」
「はぁい」
適度な疲れが眠気を誘った。
横山なおこさんかぁ・・・
きれいな人やったなぁ・・・
未亡人ってやつやなぁ・・・
やらせてくれるかもなぁ・・・
勝手な想像をしている間に寝てしまったようだ。

あくる日、あの場所にいったら、お婆さんが寝てて、横山さんらしき姿はなかった。
「あの、横山さんは、ここには」
「はぁ?横山はわたしやけど。兄ちゃんはだれや?」
「昨晩、ここにいたなおこさんは?」
「なおこは、あたしやよ。昨日、来た?ここに?知らんかったわ」
どうみても、別人だった。
こんなお婆さんじゃなかった。
それとも・・・