「教育勅語(教育ニ関スル勅語)」を起草したのは、井上毅(いのうえこわし)という法制局長官を務めた男です。
熊本の出身で、たいへんな勉強家であったと伝えられます。
大久保利通や岩倉具視に認められ、政治や立法に携わる仕事に就くのですね。
明治憲法や皇室典範の起草、そして教育勅語の起草に関与します。
※井上毅は「男系皇室」にこだわり、皇女が天皇になることを排除したのです。

彼は儒教の教えに加えて、「古事記」や「日本書紀」などの古典に造詣が深く、西洋史も学んでいたのにも関わらず、皇国史観に偏向していきます。
ただ、法治国家、立憲主義の立場であり、天皇といえども法に縛られなければならないという理念は持っていました。


「教育勅語」が森友学園事件によって、ふたたび亡霊のように国民の前に現れた感があります。
政府自民党は教育へこれを直接利用することを良しとはしないという立場ですが、利用を妨げないと付加しました。
なんとも歯切れの悪い対応です。
その理由として「今の道徳に通じる普遍的な価値もある」というのです。
友愛や両親への感謝などのことを言っているのでしょう。
そのような普遍的な教材ならばほかにいくらでもあります。
「教育勅語」のいけないところは「勅語」であるからです。
勅語とは天皇陛下のお言葉として国民を縛る意味があるからです。
もっとも「教育勅語」は井上毅らが作り、天皇の言葉に擬して発布させたのですがね。
明治天皇が国民に道徳教育の必要性を説いたのは事実なんですよ。
開国の戦乱で国民は精神的にも肉体的にも疲労困憊し、実学偏重、知識偏重の教育になり始めていることに危惧されていたようです。
そこに井上毅の思想が取り入れられ、山縣有朋総理大臣の内閣のもと起草され発布されました。

「勅語」と「皇国史観に基づく愛国教育」のため現在の「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」の日本国憲法の理念に合いません。
「朕思フニ」で始まることから天皇陛下の言葉だと理解されます。
「皇祖皇宗國ヲ肇(はじ)ムル」、日本は天皇の先祖が造ったと続きます。
「緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁(てんじょうむきゅう)ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂(ふよく)スヘシ」とは、国のため、天皇のために非常事態には国民は命を懸けて守れと命じています。
この教えのために、幾多の若い兵士がお国のために死んでいきました。
この「勅語」のもっともダメなところです。

「国民」でなく「臣民」として、天皇と国民は絶対的に異なる立場だと終始一貫しています。

なんでこのような偏狭な「教育勅語」が肯定されるのだろう?
今の天皇陛下や皇族方も望んでおられないことだから「勅語」たりうる意味もなくなっています。
「反面教師」「歴史資料」としてなら教育材料になりえますがね。