防弾少年団が「キノコ雲」と「愛国」を表示したTシャツを着ていたとかで日本人が騒いでいるけれど、若者にはありがちなことだ。

ここ京都でも、お土産屋さんに群がる修学旅行生は、木刀だのナチスの徽章(お寺のマークと誤解してるのかも)だの、新選組の法被だのを喜んで買っていく。
若いころには「強い者」「激しい物」「速いもの」「鋭い物」にあこがれるものだ。
だからネオナチなどの右翼団体には若者が群がる。
考えることは「ダサく、かったるい」ことであり、とんがって、行動あるのみ、相手をねじ伏せるのみと短兵急なることを好むらしい。
今は懐かしい、ヤンキーの兄さん、姐さん方がそうやって「つっぱって」いただろう。

歳を取るにつれ、人間丸くなって、とんがらなくなるもんだ。

さて、先の「旭日旗掲揚問題」で俳優の國村隼が述べた意見に、ネトウヨが噛みついて、國村氏が「サヨクだ」「売国奴だ」「大根役者め」と誹謗中傷にさらされている。

國村氏が釜山で開かれた「釜山国際映画祭」の記者会見で述べた言葉が、だいたい以下のようである。
「旭日旗というのが日本海軍自衛隊の伝統旗だと知っている。だが、われわれより先の世代、特に韓国の方はこの旗を格別に捉えていることも深く理解している」
「自衛隊としては旭日旗が自身たちの伝統なので曲げることができないだろう。しかし、過去の歴史を一度だけでも理解すればどうだろうか、個人的には考えている」(リテラより抜粋)
さらに安倍総理に対し、
「現在の日本政府は旭日旗だけでなく、すべての面で保守的な立場をとっている。(中略)この問題については俳優としてよりも、一人の個人として望ましくないと考えている」(同抜粋)
リテラの記者も書いているが、國村氏は至極まっとうな意見を述べたに過ぎない。
何もそこまでバッシングされる言われはないのである。

日本人はそこまで「異論」を許さない人間に成り下がったのか?
保守といえども、これは悪しき保守だ。
他の立場で、一度でも考えたことがあるのだろうか?
客観的にものごとを見ることは、幼少より身につけられてこそだが、どうやらネットで勝手なカキコをする輩にそんな訓練はなされていないようだ。
あの観艦式では主催者の韓国政府は「掲げるのは国旗のみ」と指示していたそうだ。
そうであれば、自衛艦も「日の丸」を掲げて参加するのが紳士的ではあるけれど、自衛隊にもプライドがある。
私は、どうどうと旭日旗を掲げて参加し、主張を押し切ればいいと考えている。
旭日旗にいろんな思いがある、捉え方があるとの國村氏の意見には賛同する。
がしかし、日本の海上自衛隊の象徴である旭日旗は、もはや掲げることを禁ずることはできない。
それは海上自衛隊の成り立ちにかかわることだからだ。

ひるがえって、サッカーの日本のサポーターが旭日旗を振って海外で応援することはどうか?
これは自粛するべきだ。
旭日旗には「日の丸」とは違う意味がある。
あの旗には、「天孫崇拝」「八紘一宇(はっこういちう)」の精神が盛られ、「天孫たる天皇の威光が臣民と亜細亜(アジア)諸国の人民を遍(あまね)く照らし導く」という意味が込められている。
だとするなら、日本の支配下にあった戦時中の忌まわしい記憶がアジア諸国の年配者に強く残っていても不思議ではない。
この旗には、悪しき日本の歴史が記憶され、大陸征服の下、たくさんの朝鮮人や中国人の人権が踏みにじられたからだ。
これは自虐ではない!真摯な反省だ!
日本人は、こういうことを自ら学ぶことで世界に平和を叫ぶことができるものだからだ。

防弾少年団の「原爆Tシャツ」は、韓国政府が自国の子弟に、ちゃんと歴史教育を施していない証拠である。
反日思想の下、誤った歴史認識で子供らをミスリードしていることを、日本政府は強く指摘すべきだ。

彼らの言い分はこうである。
「原爆投下によって日本が無条件降伏を受け入れ、八月十五日に朝鮮半島は日帝から独立した」
この認識に誤りはない。
ただし、原爆投下という悲劇には、日本人の、また在日朝鮮人の無辜(むこ)の人々の死傷が含まれていることに想いを馳せてもらいたい。
そうであれば、わざわざTシャツに「キノコ雲」の写真を印刷することはなかっただろう。
彼らの「愛国」「独立」という文言だけなら、私たちも気色ばむことはなかったはずだ。

朝鮮人徴用工の賠償請求権も、「個人の請求権は消滅していない」ことを根拠にしているけれど、日韓の条約で「個人請求権」は韓国政府がその請求に応じることを条件に日本は多額の賠償金を韓国政府に支払っていることから、日本企業への請求は棄却されてしかるべきと国際世論に訴えなければならない。
そうでないと二重支払いになるし、国家間の条約が簡単に反故にされることに警鐘を鳴らすべきなのだ。
日本だって、原爆投下による個人の被害賠償は日本政府がおこなっているはずだ。
アメリカ政府に「賠償せよ」とは敗戦国でもあったし、無条件降伏という性質上、国家も個人も請求権は放棄したも同然である。
日本は戦争を奇襲によっておっぱじめて敗戦したのだから自業自得であり、賠償請求されても、自分たちが賠償請求できる立場にはないのである。
それこそ日本人が好きな「自己責任論」で、日本の永続敗戦状態を甘受しなければならない。
ひっくり返っても北方四島は帰ってこないし、韓国や北朝鮮、中国には謝罪し続けなければならないのだろう。
こればかりは、日本人が何と言おうと、永久に消えない汚点なのだ。
(もっとも、朝鮮出兵や三韓征伐のように、悠久に近い年月が経ってしまえば、許されるのかもしれないけれど)

自虐だという人には「反省」がない。
そういう人間には進歩がない。
また、保守思想はグローバリズムの妨げになる。
國村氏などは、韓国人を含む外国人と仕事をする立場から、広い視野をお持ちなのだ。
得てして、国際的な俳優や作家、科学者、起業家は偏狭な保守思想を持っていないものだ。

英語もしゃべれない、本も読まないネトウヨさんには、とうていわからんだろうが。