障碍者を虐待した事件の中で、相模原市の障碍者施設で起きた殺人事件は歴史に残るものでした。
ナチスになぞらえた障碍者不要論を計画し、実行した犯人の異常性をどう裁いたらよいのだろう。
裁判員裁判になると思われますが、とても裁判員に負担の重い裁判になると想像されます。

あたしは、1995年に起きた「水戸アカス事件」を思い起こさずにはいられません。
水戸市の「アカス紙器」という会社で起きた知的障碍者社員への虐待および強姦事件と補助金詐取事件です。
この会社は、地域からも障碍者を積極的に雇い入れるとして信頼の厚い会社でした。
社長自ら、障碍者の世話をし、住まいを提供していたのです。
しかし、実情は違いました。
障碍者は日常的に虐待され、教育と称して肉体的苦痛を彼らに味わわせていました。
また払われるべき賃金は、自治体から補助を受けていたのにもかかわらず、社長のポケットにしまわれ、社員には支払われなかった。
もっとひどいのは、女子の知的障碍者を強姦したのです。
それも健常な社員らが。

なんという非道な仕打ちでしょう。

容疑者はしょっぴかれたけれど、官憲も証拠不十分で、公判を維持することができず、詐欺と暴行についての立件にとどまったのです。
肝心の少女の人権を蹂躙した強姦罪は成立しなかった。
それどころか、社長には執行猶予がついたんです。
「障碍者雇用に積極的に貢献した」というのが司法の理由でした。

日本の福祉は発展途上にあると昔から言われてきました。
優しい国民だと言われる日本人の、鬼の部分がはからずも明らかになったこの二つの事件は、われわれ日本人に、あまねく心の闇を持っていることを証明して見せたのです。

実行した犯人も犯人ですが、裁いた側の責任も問われねばならない。
茨城県や水戸市、国、地裁、警察…みんな障害福祉への認識が甘いからこんなことになるんです。
いや、もっと人権教育がなっていない。

あたしはふだんから弱者のふりをして人権を振り回し、強硬な主張をし、「おもらい精神」で不当に行政から手当てを受ける人々を糾弾してきました。
しかし、それとこれは別であり、守られるべき人権が守られない実態ががまんならない。

あたしも障碍者の夫をもつまでは、障碍者に冷たかったと思う。
健常者の心の闇が弱者を作って、心の安寧を求める誤ったコンフォートなんですよ。
そんなもので満足するけしからん(あたしも含めて)人間が多い。

パラリンピックを拝見するようになってから、ずいぶん障碍者への認識もあたしの中で変化しました。
特に冬季競技ですね。
チェアスキーは、あたしもスキーをするので、その興奮を共有できるんです。
恐怖とスピード感の背中合わせの滑降や回転をチェアスキーでやられるのを見て、ほんとうに尊いことだと思うのです。
寒い中、おそらく「おむつ」をして競技に臨まれるのだと思います。
一人で行けないから介助の方がしてさしあげる。
我慢してたら競技にさしつかえるし。

そんなことを考えると、彼らのがんばりが並大抵のことではないとわかるんですよ。

右片麻痺の夫は、言葉も障碍が残っています。
言っていることがよくわからない。
障碍を得る前は利発な夫で、あたしよりも知識が豊富だった。
しかし今はその片鱗もありません。
介護に疲れて、あたしが泣きごとを言う。
つらく当たることもあった。
「だめなあたし…」
自分を責めるしかない。

そんなとき、パラリンピックの選手が励ましてくれているように、さっそうと白銀を散らして滑降していくんです。
「なにやってんだ、あたし」

奮い立たせてくれる障碍者たちは、あたしには大きな存在なんです。

水戸アカス事件はのちに『聖者の行進』というドラマになりました(1998年TBS)。
主題歌は中島みゆきの『糸』でした。
名曲中の名曲ですよね。
お祝いの席では欠かせないナンバーになりました。
そしてもう一曲(途中から主題歌が変わったんです)も中島みゆきの『命の別名』です。

命の別名 (作詞作曲 中島みゆき)
(前略)
何かの足しにもなれずに生きて
何にもなれずに消えていく
ぼくがいることをよろこぶ人が
どこかにいてほしい

石よ樹よ水よ、ささやかな者たちよ
ぼくと生きてくれ

くりかえす哀しみを照らす灯をかざせ
君にもぼくにも、すべての人にも
命につく名前を「こころ」と呼ぶ
名もなき君にも、名もなきぼくにも


(以下略)

これは本当にいい歌なんです。
「中島みゆき」という人は、ボブ・ディランを超えるのではなかろうか?
決して言い過ぎではないと思うのです。