俳優の古舘寛治氏が毎日の記者のインタビューに答えていたことが18日の毎日新聞夕刊「特集ワイド」に掲載されており、日本の言論に対する将来への危惧が感じられた。
私も古舘氏の活躍を昨年のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』で拝見し、その好演に魅了された一人である。
古舘寛治(古舘寛治氏)

安倍政権での「検察庁法改悪事件」に対して多くの有名人が問題視して、批判したことで、事実上廃案になるきっかけになったが、古舘氏もその有名人の一人としてツイッターで「抗議文」をつぶやいたところ、もちろん賛同者も大勢いたけれど、彼に対するバッシングのリツイートも多く寄せられたそうだ。
このインタビューで知ったが、古舘氏の政治的発言は「常連」だそうだ。
彼は、1968年大阪生まれで、23歳のときに単身、ニューヨークに飛び、5年間を費やして演劇を学んだという。
その行動力が、多感な青年期にニューヨークという「自由」の都市に飛び込ませたのだ。ニューヨークでは「自由に政治に対して発言する」という気持ちを醸成させる。
アメリカの俳優や文化人は忌憚なく政権批判をしたり、政権に協力的であったりと、とにかく政治に物申すことに遠慮がない。
それはなにもメジャーな人物に限らず、市井の人々、学生の頃から彼らアメリカ人はそうなのだ。
ところが、日本ではどうだ?
ネットでの匿名性をいいことに、自警団のようなネトウヨ、エセ国粋主義者、ヘイトスピーカーが公人、有名人が政権批判や左翼的な言動をしようものなら直ちに攻撃してくる。
まるで有名人は「政治を語るな」と言いたげだ。

古舘氏は「こうした風潮には権威主義が影響している」と考えている。
彼の言う「権威主義」とは「権威に服し、無批判に従うような態度や行動」をいうのだとしている。
つまり「集団の中でしか生きられない人間は本来、権力におもねる権威主義的な生き物。権力に逆らう人間を疎ましく思い、批判することはごく自然なこと」としながらも、きゃりーぱみゅぱみゅのような憧れの対象が政治批判するといつもと違う一面に戸惑い、反発を感じてバッシングにはしるのだろうと古舘氏はみている。
※歌手のきゃりーぱみゅぱみゅ氏も検察庁法改悪に抗議ツィートをしたが、炎上の末、ツィートを削除した模様。
「思い通りに生きられない人が、芸能人の政治的発言に『黙ってろ』と思うのは想像できる」とも言う。
アメリカでは様子が違うようだ。民主主義の大国を標榜するアメリカでは「芸能人とて国民であり、自由に政治を語る権利がある」という雰囲気が定着しているので、日本のような「芸能人は黙ってろ」的な発言はあり得ないと。
古舘氏は昨年に「反自民・反安倍」の主張を投稿し、「俳優だから」というたったそれだけの理由でバッシングを受けたた苦い経験がある。
同じようなことはかつて吉永小百合氏や國村隼氏に対してもあったと、私も記憶している。
古舘氏は批判者に対して「俳優である私も有権者だ」と反論したのだが、すると「公営放送の看板番組(暗にNHK大河ドラマのことを指している)に出ている俳優が、政治的に偏った発言を繰り返すのはいただけないので、各所通報しておきました」なんて差し出がましい答えが返ってきたというからおどろきだ。

実は、こういう「権威主義」による「監視者」が「こんにちのゆがんだ日本社会を支えているのだ」という幻想を抱いて正義を振りかざしているらしいのだ。
その裏に櫻井よしこ氏や百田尚樹氏などの「日本会議」の連中が見え隠れするのだが…
古舘氏はニューヨーク時代に日本人(東洋人)というだけで差別を受けた経験があり、現在の沖縄の基地問題を考えるうえで大きな意味を持つ。
日米地位協定によって、米兵が起こした犯罪に巻き込まれ、被害者になっても泣き寝入りするほかないという事実は差別以外のなにものでもない。

現在の古舘氏の芸能活動は新型コロナウィルス禍のこともあるだろうが縮小しているそうだ。「政治的発言」による所属事務所への影響もあるらしい。
彼の芸能人としての顏に政治色がつくので、企業もコマーシャルに使いにくいというのだ。
それでも古舘氏は屈しない。
そんなことで言論の自由を奪われては、日本の未来はないのだから。
国民の自由を奪うかもしれない改憲が行われれば、言論や表現の自由は殺される。
その危惧が古舘氏には骨身に染みるほどわかるのだろう。
本田圭佑氏、ダルビッシュ有氏らの政治的発言も物議をかもしたが、彼らの自由な発言がなければ気づかなかったことも多い。
有名人は、たしかに影響力がある。世論を動かす力がある。
だからといって彼らの言論を封じる権利は誰にもないのだ。
自由に発言をすることができる社会は、J・S・ミルのいう「自由」なのだ。
彼の『自由論』はぜひとも読むべき書物である。
少数意見に耳を傾ける寛容がある社会こそ「自由」を標ぼうできるのだから。
そしてヴォルテールの名言を引こう。
「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」