最近のアニメは美しいことは美しいけれど、なんだろ?ロマンを感じない。
男なら男の「わくわく感」を物語で感じさせるものがない。
『北斗の拳』あたりで潰えたのだろうか?
みんな可愛らしいアニメ顔(萌えキャラというらしい)の女の子が出てくる。
リアルな背景は、巡礼されるように現実の舞台を用意するなど、それはロマンじゃない。
そんなことをしないと、作り手はキャラクターに感情を移入してもらえないとでも思っているのだろうか?

少し私の時代のロマンあふれるアニメを振り返ってみよう。
チャーリー・コーセイの『ルパン三世のテーマ』である。
子供向けアニメではないことは、もはや明らかである。
これは芸術だ。
原作者モンキー・パンチ氏がアニメ化には及び腰だったけれど、それは原作者の手を離れたらルパン達がもう別のキャラになっていくことを懸念してのことだったのかもしれない。
実際、宮崎駿監督作品の『カリオストロの城』にあっては、パンチ氏は、もはやルパン三世が「いい奴」になってしまって、別物だと言わしめたという。
これは賛辞と受け取っていいのかもしれない。
ルパン三世と峰不二子のお色気シーンや、次元大介の無情の殺しのシーンなどは「カリ城」ではまったくなくなっている。
エンディングテーマ『炎のたからもの』はスクリーンミュージックとしても一級品だ。

「カリ城」が今も愛される仕上がりになっているのは、洋画に通じるロマンがあるからだろう。
映画とアニメは似て非なるもので、アニメが子供向けに発達していったことと無関係ではない。
そのアニメが大人の鑑賞にも耐えうる作品になったのは「ルパン三世」であり、「佐武と市捕物控」(原作石ノ森章太郎)だろうと考える。
石ノ森章太郎といえば『サイボーグ009』(唄 成田賢)だろう。
この『リメイク版』は、2012年のものだが最近の新海誠作品のレベルに、すでに達していたと思えるほどの仕上がりで、もちろん洋画としても完成度が高い。
009と003のメイクラブのシーンもちゃんとあるので、子供向けに気を遣ったアニメではない。

少しさかのぼって、アメコミ(アメリカンコミック)やハリウッドのSF映画に影響を受けたのか、寺沢武一の『コブラ』がある。
この色気、アクションは観る者を痛快にさせる。
出てくる美女はバタ臭い、グラマラスな女ばかりで、アンドロイドの「レディ」がメカっぽいのに可愛く思える。
野沢那智がコブラの声を好演しており、とってもクールでいい。
萌え系好きなヲタクには、わかんないだろうな。

こういった昔のアニメは、今のように若者の現実逃避の具ではなく、忙しい大人の、ちょっとした娯楽に好適なものが多かった。
ヲタクのように「のめり込んで、そっちから帰ってこない」ような、観る者も無分別なことはしなかったのだ。
生きづらさはいつの時代にもあって、そんな日々でも「また明日の仕事をがんばろう」と、英気を養うための作品だったと思う。