私の好きなアニメは、実は最近のものではないのです。
まずは、『宇宙海賊キャプテンハーロック』です。
「ワンピース」なんか目じゃない。
あれはお子様向けですわね。あんなのでは、私の心は動かない。
「漢(おとこ)」というものを体現しているのはハーロックをおいてないだろう。

続いて、女の中の女『宇宙海賊クィーンエメラルダス』です。
この容赦ない海賊は、松本零士先生の理想の女性像の一人でしょう。
女には描けないキャラクターです。
彼女は、大山トチローというチビで、がに股のド近眼のブ男に惚れ、彼の子供を宿す。
トチローは、容貌こそ貧相だが、熱い信念と男気を持っている。
そこが松本零士の美学なんですね。
エメラルダスが産み落とした子は女の子で、地球にいます。
そのころの地球はマゾーンという女の姿をした異星人にむしばまれているのに、能天気な政治家によって危機感のない平和を貪っている。
マゾーンはアマゾネスのように屈強で、みな驚くほどの美人ですが、人間など一ひねりに殺してしまうのです。
そんな地球でも、キャプテンハーロックは守り抜くと誓うんです。
それは盟友エメラルダスの一粒種、いや、親友だった大山トチローの血を分けた少女を守るためなのかもしれません。
ハーロックとエメラルダス、トチローは固い絆で結ばれた盟友だったのです。
この壮大なスペースオペラは、松本零士の世界観をそのまま写し取ったと言っていい。
そこに永遠の命を持って、勇敢な少年に寄り添うメーテルという、これまた絶世の美女がいる。
ご存知『銀河鉄道999』です。
メーテルは星野鉄郎の、男としての成長を見守る、母親以上の存在です。
機械伯爵に惨殺され、はく製にされた鉄郎の母の生き写しのようなメーテル。
鉄郎は誓う。
「機械の体を手に入れて、永遠に生きて母の無念を晴らすのだ」と。
「999」はさまざまな星に停車し、さまざまな人々との出会いを演出します。
宮沢賢治のオマージュとしての作品ですが、松本零士の手にかかると、男のドラマ、夢とロマンを永遠に追い続けることの意味を問う別のものになっていく。

松本零士先生のすごいところは、昔から、ちゃんとアダルトの漫画も描いておられるというところです。
『聖凡人伝』や『ひるあんどん』、『セクサロイド』などがそうです。
また『男おいどん』の原型とも言うべき『大四畳半物語』がそうです。
メーテルのような大美人が、四畳半の下宿で、しがない浪人生、ブ男で貧相な体格の貧乏学生に体を開いてくれる。
松本先生が九州から東京に出てきて、ぜんぜん売れない頃の実話とも、夢物語ともとれるイリュージョンの四畳半ものです。
そして四畳半という舞台は、宇宙につながっていくのです。
先の「銀河鉄道999」の原作にも「四畳半」はあちこちに出てきます。
ハーロックの艦「アルカディア号」にも四畳半はあり、下宿の大家のおばあさん「マスさん」が「飯炊き係」として乗り込んでいる。
彼女こそ、ほんとうの女の中の女かもしれません。
世話好きで、男を立て、時には厳しく、江戸の下町を彷彿させる婆さんです。

そして猫が出てくるのも、松本ワールドならではです。
『トラジマのミーメ』という少女漫画を松本先生は描いておられました。
これは猫好きなら、ぜったい読んでほしい漫画です。
ミーメはアルカディア号に、異星人の絶世の美女として登場しますし、「999」にも「ミーくんの命の館」という段で出てきます。
飼い猫との別れを知っている松本先生だから描けるハートウォーミングな小品です。

私は、もはやアニメを卒業しました。
宮崎駿作品や高畑勲作品で、もう、お腹いっぱいです。
新海誠作品は、人が言うほど、私は感動も何もしませんでした。
ただ絵がきれいだなというだけで、学生の小さな物語だと思った次第です。

松本零士のような、宇宙の真空を感じさせ、熱きビームで、ならず者を融解させるようなロマンを感じたいんですね。
そこには女の色香も必要だし、酒もいる。
拳銃無宿のような無頼漢が必要だ。
そんな作品を私は書いてみたい。