昨日、新型コロナウイルスに罹って意識不明になっていた、コメディアンの志村けんがそのまま帰らぬ人となってしまった。
日本の喜劇王の名に恥じない巨星だった。
享年70歳で、先月、誕生日を迎えたばかりだったと聞く。
私たち世代は「ザ・ドリフターズ」で荒井注が亡きあと、その「後釜」に収まった「変な奴」として認識されていた。
しかし、その後、彼と加藤茶とのコンビ、はたまた今は亡き、いかりや長介との「バカ殿と爺」のコンビ芸は強烈に記憶に残る。
腹の底から笑わせてくれた志村けんである。
「東村山音頭」という意味不明の音頭で一躍「東村山市」の名を、この遠い関西にまでとどろかせたのである。
白鳥の衣装で、いかがわしい白鳥の首の弾力に笑いをこらえるのに必死だった。
私も「お年頃」だったから、それがどういう意味かぐらいは知っていた。
志村けんも「お約束」でその芸を披露していたのだろう。
加藤とコンビでの「髭ダンス」がテディ・ペンダーグラスの「Do Me」のものだったということでFMをよく聴いていた私は、そのレコードを探したこともあった。
結局見つけられずに、ボーイフレンドの一人からカセットにダビングしてもらったっけ。
多分、探せばどっかにあるはずだ。
駒井君はどうしているだろう?

私にとって「ドリフ」は「コント55号」より性に合っていた。
「西のアホの坂田(利夫)」と「東のバカ殿(志村けん)」と私が勝手に並び称していたくらいだ。

志村けんの死を無駄にしないよう、今一度、若者に問いたい。
自分勝手な行動を慎めと。
新型コロナウィルスをナメめていてはいけない。
遺族は火葬にも立ち会えず、病院から火葬場へ、直葬に付されるのだから。
こんな亡くなり方があってもいいのか?
あんまりではないか?
かつて戦争で遺骨も帰らないまま、葬儀が営まれたことが無数にあった。
この平和な日本で、日常で、こんな弔いはあってはならない。

何が何でも、コロナに勝たねばならない。
じっと待てば、止まない雨はないのである。
日はまた昇るのである。
夜明けは近いのである。

志村けんさん、長さんに会えたかな?
ご冥福をお祈りいたします。
(文中、敬称を略させていただきました)